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もういいかい? 泣かない君 2


蕪木灯と立岡弥子が付き合いだした、というニュースはその次の日には既にキャンパス中に広がっていた。その炎と共に。油というよりガソリンに引火したような威力と速さだった。

「立岡さん! ちょっと来なさい!」

来て、ではなく最早『来なさい』。もうこの時点で弥子に選択肢はない。女子って怖い。

三人の女子―――茶色がかった長い髪にパーマをかけ、ばっちりメイクを決めたひとたち―――に押し寄せられたらもう断る術なんてない。あっという間にトイレに連行されその身をぐるりと囲まれ洗面台を後ろ手に付いた。

「ちょっと! あんた蕪木先輩と付き合ったって本当なの!」

「……ほんとう、です……」

「はあっ? なに抜け駆けしてんの!」

「そもそも釣り合うわけないでしょ! 弁えたら?」

「さっさと別れろっつーの!」

怖い。服もメイクもばっちり決めた女の子が目も声も釣り上げて弥子を取り囲み喚き立てる―――すごいな本当。まるで弥子が親の仇であるようだ。

「どうせあんたから告ったんでしょ? 蕪木先輩があんたみたいな地味な奴に声かけるわけないし!」

「なんであんたなんかが―――」

やり過ごす方法はない。早く終わらないかな、と思いながら俯いた、その時。がちゃりと音がしてトイレのドアが開いた。ぐりん! と一斉に振り返った視線を一身に受け―――ゆるやかにウェーブを描く艶のある長い髪が、さらりと揺れる。

「……あ……」

整った小さな顔立ちにどうでもよさそうな無表情。鶴野 天音。

「ちょっと! 今ここ使ってるんだけど!」

「空気読めよ!」

やばい、矛先が違う方に向いた―――あわてて「あのっ、」と言いかけた弥子を一瞥することもなく天音は無言で隣の洗面台の前に立ち、鞄から取り出したポーチから口紅を取り出した。

「聞いてんのかっつーの!」

だん、と洗面台を手のひらで叩き付けびくりと弥子は震えた。やめて、と静止しようとした時、化粧直しを終えた天音がぱちん、と音を立てて口紅のキャップを閉じる。

「……冷やした方がいいんじゃない」

「はぁ?」

「せっかく髪もメイクも決まってるのに。片方の手のひらが真っ赤なんて、誰かを叩いて来ましたって言ってるようなものじゃない」

「……」

「気付くひとは、気付くよ」

沈黙。

白けたのとはまた少し違う空気が生まれ流れる。

「……行こ」

「……うん」

「冷たい飲み物握ってたら冷やせるよ」

ざわざわと、波のようにトイレをあとにする数人を呆然と眺め―――ようやく、解放されたことに気付く。弥子の存在に構わずポーチをしまった天音が踵を返した。

「……あっ! あの、ありが、」

ありがとう。―――言いかけた瞬間、くるりと天音が振り返る。

大きな目。今も昔も変わらない、魅力的なそれ。

その目が無感情に無表情に天音を見据え―――逸らされた。言葉さえ、呑まれる。

なにも言わず立ち去った天音に、なにも声をかけられず―――弥子はぽつんと、トイレにひとり取り残される。

「……ありがとう」

呟いた言葉は、誰にも届かない。




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