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もういいかい? 泣かない君 27


 次の日、キャンパスの入り口にそれはそれは魅力的な子が立っていた。

 思わず回れ右しかけた。

「・・・・・・ちょっと」

 それを見付けられて、不機嫌な顔。ぎぎぎっと音がするくらい鈍くそちらを向いて、出来る限り微笑む。

「なにそれ。ひっぱたいて欲しい顔?」

「や、笑顔・・・・・・です」

「笑顔に謝りなさい」

 ごめんなさい。

 深々と息を吐いて―――天音を、見た。

「『先輩』はいいひとよ」

 天音が、言う。堂々とした声だった。

「私の話を真剣に聞いて、同じくらい真剣に言葉を返してくれた」

「・・・・・・うん」

 あの男子生徒。本物の『先輩』

 はじまりは弥子ではない。ふりだったかもしれないが、それでも何通か、返事を書いていたのだ。

「今から思うと、本当に・・・・・・本当に心底嫌な人間だったのかは、わからない」

「・・・・・・誰の話?」

「え? ・・・・・・『先輩』の話じゃないの?」

「そうだけど。―――ああ」

 天音が弥子を見る。その魅力的で大きな眼が、弥子を見る。

「私の中で。私の『先輩』は、私を傷付けまいとずっとずっと嘘を吐いて―――無茶苦茶な方法で、形振り構わず、全力で―――私のために言葉を返し続けてくれたひとよ。―――はじまりが誰かなんて、私は知らない。だって会ったことさえないんだから」

「っ・・・・・・」

 心が、

 震えた。

「・・・・・・ここまで言わないとわからないなんて、あなたどれだけ自己評価低い、の・・・・・・ちょ、ちょっと。なんで泣いてるの。ご、ごめん、言い方きつかったかも、あの、私、怒ってるわけではなくて、あの、でも、ちょっと照れ臭いっていうか、だって『先輩』には結構いろいろ相談とかしてたからっ」

「・・・・・・あは・・・・・・天音も、ばか」

「な、なんで私が馬鹿なのっ馬鹿なのは弥子でしょっ」

 だって。

 弥子が今、どんな気持ちで―――どれだけ気持ちがいっぱいで零れているのか、わからないなんて。

 涙が勝手に出て来るんだよ。うれしくてうれしくて―――ようやく、あなたに会えた気がして。

「ちょっと、もうっ。早く泣き止んで! 泣き止んだら―――」

「止んだ、ら?」

 唇が尖る。

 不機嫌そうな、笑い損ねたような―――そんな、可愛らしい顔で。

「・・・・・・携帯番号、教えて。メールだけじゃなくて、電話も出来るように」

 ああ。それじゃあ。

「・・・・・・早く泣き止まなきゃね」

 さあ。それじゃあ。

 それじゃあ今から、はじめよう。

 ずっと、ずっと、はじめよう。




 放課後、蕪木に連絡した。まだキャンパス内にいた彼と合流する。

「ごめんね、いろいろと引っ掻き回して」

「―――いいえ」

 確かにいろいろ、弥子の何年間も必死で欺き続けた決死の嘘をあっさりと暴いてしまったのだ―――今は感情が滅茶苦茶だったが、それでも、蕪木を責めようとは思っていなかった。当たり前だ。

「蕪木先輩が私に付き合ってくれた理由もわかってすっきりしました」

「・・・・・・立岡さんは素敵なひとだよ。ちゃんと立岡さんを見てくれるひとが相手なら、誰も断ったりしない。・・・・・・俺はもう、好きなひとがいるから無理なんだけど」

「はい。昨日わかりました」

 くすりと笑う。昨日のノイズ交じりの女性の声。蕪木が『みーさん』と呼んだやわらかくやさしい声のひと。

「あのひとが、先輩の好きなひとなんですね」

「うん。あのひとだけ」

 うなずいた蕪木が、眼を細めた。

「俺の好きなひとはね。今休憩中の逃亡中なんだ。そのひとのことをとてもとても、心を全部あげてしまうくらい愛したひとがいる。そしてそのひとも、その相手のことを心から愛した。・・・・・・そうして、失った。

失ったって、わかってはいるんだ。そのひとも。・・・・・・まだ、受け入れられてないだけで。

そのひとは、逃げてよかった。『逃げる』ことによってその喪失を理解して受け入れることが出来た。・・・・・・けど、それが選べなかった。俺の、せいだ。自分の悲しみよりもひとを優先させた結果、そのひとはまだその喪失をきちんと悲しめてさえいない。一生懸命、ひとを助けて―――でも自分が助けられるのは心の底では望んでいない。そんなひとが、ね。はじめて逃げたんだ。周りから逃げて、自分のことだけを考えるために逃げたんだ。

周りのことを考え過ぎて、待つことは出来ても待たせることは出来ないひとが、俺に対してだけは『待ってて』と言ってくれた。待たせるくらいだったら一生別れることを選ぶような不器用なひとが、俺だけは待たせてくれた。・・・・・・これって、最大限の愛じゃない?」

待たせてもらえることが愛、なんて。

 それでも気持ちが、伝わるなんて。

 形振り構わず、全力で。

 蕪木が求め、そして想う相手は―――とても特異で、変わっていて―――やさしい、ひとだった。

 無関係なはずの弥子の気持ちまで、掬い上げて大事にしてくれるように。

「いろいろ調べてくれたみたいですけど・・・・・・どうやったんですか?」

「いろいろツテを辿って、ね。ほとんど彼女のだけど。正直、今回彼女が出て来るとは思ってなかった。俺だって喋ったの七ヶ月ぶりだよ。その間一切音信不通だし」

「それでもあきらめないんですね」

「当然」

 楽しそうに、幸せそうに蕪木は笑う。

「絶対に逃がさないって決めてるんだ」

 ―――そのクールな見かけによらず、蕪木はとても情熱的な青年だった。

「俺も立岡さんに聞きたいことがあるんだけどさ」

「はい」

「『先輩』役に、俺を選んだ理由。他にもあるでしょ」

 適わないな、と、胸中で苦笑した。

「はい。―――あの時図書室にいた四人の中、三人が手紙に関与してたんです」

 『先輩』と、あとは内容について喋っていた二人の計三人。

 ずっと黙って、それを聞いていたひとり、以外。

 本当のことを言った、あの美しく恐ろしいひと。

「大学に入学して蕪木先輩を見かけて、びっくりしました。―――先輩、双子なんですね」

 蕪木光。―――あんたの『唯一』は、『好き』は、くだらないほど軽くてみっともないくらい惨めだね。―――今もまだ胸に残る、あの言葉。

「最初は、本人かと思いました。でも、違った・・・・・・でもね、蕪木先輩。あの四人の中でどうしても『先輩』を選ばなきゃいけなかったとしたら―――私が選ぶのは、『蕪木』先輩でした」

 心を抉られた。―――でも、あのひとは嘘は言っていなかった。

 本当のことだ。全部本当のことしか、あのひとは言っていなかった。

 恐ろしい。残酷だ。―――それを責めようとは、思わない。

「あの時以外で会うことも喋ることもなかったんですが」

 蕪木は前言った。家族を選んだと。

 蕪木光は―――選ばれなかった。

 それがどういうことなのかは、考えたくなかった。

「・・・・・・元気なんですかね。先輩」

 ぼそりと呟いた声に―――蕪木は小さく首を横に振った。

「―――さあ。どうだろうね」




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