もういいかい? 泣かない君 26
ずっと鳴り響いていたノイズが止み、しんと静まり返った室内―――
言葉を紡いだのは、弥子だった。
「・・・・・・ごめんなさい」
震える。―――紡ぐ。
「―――もう二度と、関わりません」
言って。―――天音が、叫んだ。
「―――待って!」
無視して―――走り出す。
追いかけるように続く天音の声。止まりたい。止まらなきゃ。止まらない。―――止まれるわけが、ない。
私があなたに出来ることは、もうなにもない。
なにもしたくない。―――傷付けるだけなのだから。
あなたを大事にしたかった。
あなたを大切にしたかった。
あなたを笑顔にしたかった。
最初から、やり方を、間違えた。
美容師さん。あなたが正解だ。
償う方法なんてない。傷は傷だ。―――どうやったって、もう、償えない。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
あなたのことが、大切でした。
帰巣本能があるのはきっと、そこが安心出来る場所だからだ。
そこに行けば安心出来る。そこに行けばなんとかなる。―――ただそれだけのこと。それだけのことが、こんなにも大事だ。―――そこ以外に行く場所がないというのが、正解なのかもしれないが。
夜、立ち上げたパソコンの前で―――メールアカウントにログインする。
ずっとずっと―――何年もの間、積み上げるようにして交わしたたくさんのメール。言葉。―――自分が持っていていいものじゃない。記憶は消せないけれど、せめて形だけは失くしておくべきだ。
―――ごめんなさい。アカウントを消そうと、マウスに触れて―――その瞬間、ポーンと、音が鳴った。―――メールの受信音。
思考回路が凍った。停止して―――目を、見開く。
「・・・・・・」
どんな言葉が綴られていても、弥子は受けなければならない。―――償いではない。償うことなんか出来ない。それ以前に当然のこととして。
震える手で、操作する―――メールを、開封した。
件名は、ない。
『もう四週間も返事待ってるんですが
五週間も待たせるつもり?』
一度読んで、二度読んで。―――三度、読んだ。
は、と、呼吸が乱れる。・・・・・・指先が、震える。
視界が滲んで、キーボードにぽたぽたと零れた。
『先輩』に対しての敬語でもやわらかい言葉でもない。遠慮もなにもない、端的どころか極端に短い素っ気ない文章。―――弥子への、メールだ。弥子への言葉だ。
「うっ・・・・・・ぅ、ぅああっ・・・・・・」
強くて弱くて。
―――繊細で、やさしい女の子。
知っている。―――ずっとずっと、知っていた。
泣きながら、震える手でキーを打つ―――弥子は。
立岡弥子が、言葉を紡ぐ。―――大切な友人に向かって。
『ごめん今泣いててそれどころじゃない』




