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もういいかい? 泣かない君 19


 はっと、目が覚めた。ベッドにうつ伏せになったまま視線をぼんやりと巡らすと、閉めてさえいなかったカーテンの間からは朝日が容赦なく入り込んでいた。……眠って、しまったのか。

 朝食―――を用意する気にもなれず、大学に行く気にもなれず―――やめた、と胸中で呟いてベッドの上に適当に座った。やめた。疲れた。

 だって考えなくちゃいけない。弥子は敗けた。なにもせずに。どうしよう―――どうしようもないことを、どうしよう。

 ぐしぐしと適当に髪を掻いた。ああ、もう、本当、面倒臭い。どれだけ悩んでいても生活は普通に続くのが鬱陶しい。毎日お風呂に入って清潔にして、人前に出れる程度の服を買って着て、自分の体が保てる程度の食事をして―――いくつもの『最低限』をこなして漸くひとは社会に参加出来るのだ。靴を履かなくてはいけない。服を着なくてはいけない。季節に合ったものを。それはそうだ、裸足でキャンパス内を歩き回っている人間がいたら弥子だって気になる。

ああ、ああ。面倒臭い。




 むしゃくしゃしていたが、その気持ちをどこに持って行ったらいいのかわからなかった。シャワーを浴びてそれを流そうとしたが効果はない。かりかりと頭を掻いて、それから大きく溜め息を吐いた。外の空気が吸いたい。

 適当に髪を乾かして適当に服を選んで……靴を履いた。家を、出る。

 そういえば七南はいなかった。弥子が起きる前に家を出たらしい。しばらく友達の家に泊まっていてくれないかな。それか今日いきなり彼氏が出来てそっちに行くとか。しばらく顔を合わせたくない。

 ぶらぶらと歩き回った。天気は皮肉なほど穏やかで、風も少し丸みを帯びている気がした。

少しでも自分の中の空気を入れ替えたくて、目についた公園に入った。蕪木と言った公園ほど広くはない。あんなに広い公園の方がめずらしいのだ。

 わあわあと、子供たちが遊んでいるのをぼんやりと眺めながらベンチに座った。活発で、明るくて、楽しそう。……小学生の時、弥子はあんな風ではなかった。休み時間、本を読んでいるとか……同じく大人しめな友人たちと穏やかに会話したり、そんな風に過ごすことが多かった。それをさみしいと思ったことはない。けれど、毎年春、自己紹介文なんていうものを書く時いつも困った。休み時間、外に飛び出て遊ぶような子は男女問わず自分のことを『活発な生活』などと書いたが―――弥子にそれは書けない。じゃあなんて書けばいい? なにが本当のことだろう。……『大人しい』『物静か』……それは年を重ねるにつれて、『内向的』や『地味』という言葉になっていった。

「……あれ、弥子さん?」

 ふと。呼びかけられて、顔を上げた―――毛先をワックスで無造作に遊ばせ、自分をきちんと整えている若い青年―――

「……あ」

 七南の担当であり、弥子の髪を切ってくれた美容師だった。

「びっくりしました。お家、ここら辺なんですか?」

「あ……いえ、ちょっと離れてて……」

「ああ、散歩ですか。天気いいですもんね」

「はは……」

 ははってなんだははって。それよりも、と、自分の髪型が気になる。適当に洗って適当に乾かしてきただけだ。丁寧に整えてもらったばかりなのでなんだか申し訳がない。退散しようと、視線をうろうろと彷徨わせる。

「あ、どうぞ……ここ、空くんで……」

「え、弥子さんもう行かれるんですか?」

「ええ、はい……あの、失礼しま、」

 ぐきゅう、と、お腹が鳴った。……弥子の。

「……」

 かああああ、と、赤面する。大きい音だった。絶対聞こえた。……そういえば昨日の昼からなにも食べてなかった。

「弥子さん」

「……はぃ」

「これ、そこで買って来たんです。一緒に食べません?」

 ちょい、と前に軽く出された紙袋には、サンドウィッチが入っていた。



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