表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/148

もういいかい? 泣かない君 18


 帰巣本能というのは、例えどんな時でも働くものらしい。……まだ七南が帰宅していなかった家、ベッドの上でうつぶせになりながら、それを思う。

 ―――最後の最後の賭けで、弥子は敗けた。……なにに、敗けたんだろう。最初から、戦ってもいない癖に。

「……あれ、お姉ちゃん、いたの?」

 ばたん、という音と共に帰って来た七南が、訝しげな声を上げた。

「電気も付けないで。……もう十一時だよ? 夕飯とか……お風呂は?」

「……自分でやれば?」

「え?」

「自分でやれば? 夕飯なんて知らないよ。連絡くれないんだし、作ったって無駄になるし作らなかったら足りないし。お風呂だっていっつも私が洗ってるじゃん。一番風呂は七南じゃん」

「……だって、お姉ちゃんが先に入れって……」

「当たり前じゃん七南お風呂長いんだから。入る時間が遅くなれば近所迷惑じゃんここ壁薄いんだから。なんでそんなことも考えられないの? 言わなきゃわかんないの?」

「……」

「気分悪い。……顔見たくない。部屋行ってて」

 吐き捨てる。……七南はしばらくそこにいた。じっと、黙って。

 けれども弥子がいつまで経ってもなにも言わないでいると、そっと、その場をあとにした。

 ばたん。……ただドアが閉まった音だ。そう、自分に言い聞かす。

 ドアが閉まった。それだけだ。それだけ、だ。




 夢を見た。

 たくさんの手紙が降って来る夢。

 白い便箋。黒いインク。丁寧に綴られたやわらかい文字。

『先輩』

『今日は天気がいいですね』

『もうすぐ文化祭ですね』

『テストはどうでしたか? 私は―――』

『校庭に迷い込んだ猫、見ましたか?』

『先輩』

『先輩』


「やめなよ」

 はっきりとした声。自分を取り囲んでいた女子生徒たちが、天音を見る。

「なに? 鶴野サン」

「やめなよ。立岡さん、困ってる。返してあげて」

「なにいいこぶってんの? カワイイ子は性格もいいって?」

「関係ないよ。それ、返してあげて。もうすぐ先生だって来るよ」

「……チョーシ乗んなよ、ブス」

 ばさっと投げ返される―――本。あわててそれを拾い、痛んでいないか確認する。

「大丈夫?」

「っ、ぁっ、ありがとうっ……」

「いいえ」

 にこりと微笑む、きれいでかわいい天音。……弥子を助けたことで目を付けられはじまった、虐め。

 ひそひそ、くすくす。―――天音を嗤う冷たい声。

 呆然として―――なにも出来ない自分。なにか出来たら。弱虫で怖がりな自分に、なにか出来たら。


 ―――気持ち悪。必死になって、馬鹿みてえ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ