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もういいかい? 泣かない君 14


 S駅には弥子の方が先に着くと思った。七南は支度をするのに(主に化粧に)時間がかかるから。

 まあ急に呼び出したのは弥子だし、喫茶店かなにかでお茶でも飲みながらのんびり待とうと思っていたのだが、意外なことに七南の方が先に着いていた。改札を出たところでそれなりの速度で走って来た七南に腕をがしっと掴まれる。

「お姉ちゃん―――だよね?」

「そうだけど」

「……服装が一緒じゃなかったらわからなかったかも」

「そんなオーバーな」

 とは言ったが、確かにがらりと印象は変わったかもしれない。

「随分と大胆にいったね……」

「うん……変?」

「いや、ううん……驚いてるだけ」

 そうか。なら、いいか。

 二人で歩き出しながら、ショーウィンドウに写った自分を見る。長かった黒い髪はもうどこにもない。くるんと軽く内巻きになった、軽いショートヘア。色も変わって、グレージュとかいう曖昧な色合いだがきれいな色に染めてもらった。

「だいぶ髪型、変わったから。これに合わせて服が欲しいんだけど……全然わからないんだ。お願い出来る? 私でも着れそうな、少しでもましになりそうなやつ」

「……あるよ。探そう。こっち来て」

 くい、と腕を引かれる。逆らわず従って、なんだか少し不安そうな七南に着いて行った。




 辿り着いたのはモールの中の本屋だった。……服屋ではなく? 首を傾げる。

「お姉ちゃん、あんまり服とか詳しくないから。……イメージ付き難いでしょ。流行の服を着ろって言ってるんじゃなくて、お姉ちゃんに似合う服にすればいいんだけど……雑誌って服だけじゃなく服着たひとも載ってるから。それでまずなんとなくイメージして、それから服屋回ろう」

「なるほど。……でもモデルさん見たあと自分をイメージ出来ないんだけど……違い過ぎて」

「そうじゃなくて、ひとが着た時にその服がどんな感じになってるのか見るの。丈とか、裾の感じとか、広がり具合とか」

「ああ……なるほど」

 確かにそれはマネキンを見るよりわかりやすいかもしれない。納得してこくこくうなずき、七南に手渡された雑誌に目を落とす。

「まずさ、パンツルックなのかスカートなのか、とか。お姉ちゃんはスカートの方が多いけどさ。スカートにしても長さとか。ロングなのか、膝丈なのか、ミニなのか……」

「ミニはちょっと……」

「じゃあまあミモレとか。……お姉ちゃん脚細いし」

「いや、どうだろう」

「……細いんだよ、その脚は」

 低く七南が言って、てん、と鮮やかに彩られた爪先でページの中を指す。

「ほら、こういうスカートとシャツとか。品がいいけど大人しすぎないし、そこまで抵抗ないんじゃない?」

「うん、これなら……でも値段すごいね。ゼロが多い」

「これと似たような感じの、もう少し手の出しやすい値段のやつを探すの。……まあでも、ごくたまになら載ってるそのままの買ってもいいと思うよ。本当に気に入ったやつとかなら。お金ってそういうものでしょ」

「……そうだね」

 そうだ。確かに。……まじまじと七南を見ると、視線に気付いたのか眉を顰められた。

「なに?」

「ちゃんと考えてるんだなあって感心したの。そうだね……私は買わないパターンの買い物下手だから、そんな風に考えたことなかった」

「……あたしは買うタイプの買い物下手だけどね。ま、じゃあ、いい? ぐるっと見てみよう」

「うん」

 それから一通り、ショッピングモールのレディースの店を見て回った。全部だ。ひとりだったら絶対にしないしそもそも思い付きもしない。高いヒールで歩き続ける七南に体力と精神力どちらともで絶対に追い付けないと確信した。

 弥子がバテ果てる前に―――いや、バテてはいたけれど―――雑誌と似たような雰囲気で、なおかつ弥子も素直に「あ、いいな」と思えるような服に遭遇した。ミモレ丈のフレアスカートに、首元で結ぶリボンの形が凝ったブラウス。試着して七南にチェックしてもらうと、うん、とうなずかれる。

「お姉ちゃんはそういうきれい目な格好がいいと思う。流行の服である必要はないよ。ダサいのは論外だけど。これ、きれいだけど敷居高く感じるほどじゃないし、華やかさもあるし。それにお姉ちゃん自身そんな抵抗なく着れるんじゃない?」

「うん、形もきれいだしいいなあって思う」

「まあ今即決しろとは言わないよ。全部見て、それで最後に決めよう」

 だが結果的に言うとこの服になった。店まで戻り、そのブラウスとスカートを買う。気付いたら十四時で、流石にお腹がぺこぺこだし疲れ切ってもいたのでモールの中のフードコートに入った。二人でハンバーガーを買いもぐもぐと食べる。

「お姉ちゃんがさ」

「うん」

 付き合わせたんだし面倒も見てもらったんだし、フードコートじゃなくちゃんとしたお店でもいいよ? と言ったのだが、七南は短く首を横に振るとハンバーガーにしようと言った。安過ぎる気もするのだが、本人がそう言うのならそれにするしかない。

「こう……イメチェン、なわけじゃん、これ。……イメチェンしたのって、昨日会った蕪木さんが関係してる?」

「してないよ」

「……そうなの?」

「うん。……こういうことしたら、気分変わるかなあと思ったの」

「……変わった?」

「うーん、髪は切ってさっぱりした」

「だからそんな床屋帰りのおっさんみたいな発言しないでよ」

 あの美容師さん、本当なら指名料かかるくらいすごいんだから、と七南がぶつぶつ言う。そうなんだ。初回だからか紹介だからか知らないが今回はそういうのは加算されていなかったようだが。

「あと、服。ひとりじゃ買いに来れなかったし、助かった。……のと」

「のと?」

「思ってた以上に楽しかった。七南、私とは全然違う考え方や見方するから。そういうひとと買い物って、すごく楽しい。ここ、広くて疲れたけど、でも楽しさとか達成感の方が強いかな。気分が変わったというより、楽しかったなあっていう感想」

 趣旨変わってる気もするけどね、と付け足したが、七南の耳には入っていないようだった。唖然とした―――ぽかんとした顔で弥子を見つめている。

「……七南?」

「……あっ」

 は、と、我に返ったように。七南が言って、それから顔がかあっと赤くなる。どうしたの、と問おうとしたがいきなりがつがつとハンバーガーを勢いよく食べはじめたので、その問いが声になることはなかった。




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