もういいかい? 泣かない君 13
翌日、まだ信じられないものを見るような目で奇妙に静かな七南を尻目に家を出た。電車に乗り都内まで出て、夜調べておいたその美容室に向かう。
いかにも都会なきれいな町並み、の中の洋風アンティークのような凝った外装の美容室。値段は高い。……まあ今回はそれは置いておいて。
カウンターで名前を言うと、荷物を預けた。番号の入ったプレートを引き換えにもらい、さまざまな女性雑誌の中から数冊出されしばし待たされる。やがて弥子を案内しようと出て来たのは二十代後半と思わしき男だった。
「こんにちは、いつも妹さんからお話は聞いています」
七南の担当らしい。はじめまして、と軽く頭を下げる。
どうぞこちらへ、と鏡の前の椅子まで案内され、その椅子に腰かけた。鏡越しに美容師と目が合う。
「今日はどういった風にしましょう?」
「……決めては、ないんですが、」
こんなこと言われても困るかな、と思った。が、女性雑誌なんて買ったこともないので(七南が買って来てそのまま放置なのを捨てるため縛ったことは数知れずあるが)なにが流行りかなんて一切わからないしそもそも流行りの髪形にしたいわけでもない。が。
「少しでもましにしてください」
鏡越しに眼を合わせたまま、きっぱりと言う。美容師は少し驚いたように一度眼を瞬かせたが、すぐににっこりと微笑んだ。
「かしこまりました」
胸元まであった髪が少しずつ切られていく。生まれ持ったままのなんの面白みもないただの黒い髪がどんどん切られ、軽くなっていく。つんとする匂いの薬液を塗られ、機械に当てられ、なんだかよくわかっていないのだがどんどんと変えられていく。
「七南さんはお姉さんのことが大好きですね」
「……七南が?」
カットの途中、美容師が微笑みながら言った。その言葉が意外できょとんとする。
「嫌われてはないと思いますけど……大好きではないと思いますよ。性格も違い過ぎますし」
「七南さんは今時の子って感じですよね」
「そうですね。私は地味で内向的なので。同じ環境で育ったんですけどね」
「……内向的、ですかね」
「はあ……外見とか。性格も」
「外見なんていくらでも変えられますよ。服装や髪型でイメージは大きく変わります。性格は難しいところがありますが……個人的に言わせて頂くと、立岡さんは内向的ではないと思いますよ」
「……そうでしょうか?」
「はい。―――内向的なひとは、『少しでもましにしてください』なんて過激な言葉言わないと思います」
くすり、と微笑えまれ、弥子はなんとも言えずに黙ることになった。
ありがとうございました、と、出口まで案内してくれた美容師に軽く頭を下げ通りを歩く。スマホを取り出しタップした。出るかな。出ないだろうな。
が、意外にもその電話はワンコールですぐに繋がった。弥子がなにか言う前に食い付くように電波の向こうで七南が叫ぶ。
『どうだった!』
「……ああ、うん、切ってもらったよ。さっぱりした」
『そんな床屋帰りみたいな発言さあ……!』
「七南、今日これから予定あるの?」
『え、ないよそれどころじゃないよ。どろどろに溶けたみたく落ち込んだお姉ちゃん帰って来るかと思ったんだから』
それは悪かった。
「じゃあさ、ちょっと出てこれる? S駅。服買いたいんだけど一緒に回ってくれない?」
『ふ―――服も、買うの? お姉ちゃん』
「うん。でも髪型も変わったし、どれが似合うのかわからないし。考えてくれない?」
『―――わかった、すぐ行く』
「ありがと」
通話を切る。S駅は弥子たちの住む駅から四駅のところにある比較的開けたところだ。駅を出てすぐのところにショッピングモールがある。休日なので混んでいるだろうが、まあ……まあ、だ。
ふと、店のガラスに写った自分を見る。まだ馴染みのない髪型。でも、個人的には嫌いじゃない。
ちょい、と毛先に触れ、少しだけ笑った。