もういいかい? 泣かない君 10
駅まで京子を送り、それから今度は弥子を送るため駅の反対側のバス停まで歩く。ほんの少しの、時間。
蕪木が振り返った。
「どこから話す?」
「……京子ちゃんとは、血の繋がりはないんですね」
「そう」
そう、京子だって蕪木のことを『蕪木』と名字で呼んでいた。今さらになってそれに気付く。―――おかしい。
「血の繋がりも戸籍の繋がりもない。けど、キョウは俺の妹だよ。―――キョウが俺を選んでくれたし、俺もキョウを選んだ」
「それは―――」
それは。
その気持ちは、なんだろう。
「恋ではないよ。愛ではあるけど」
恋愛ではない。けれど、紛れもない愛情だ。揺るぎない―――他人に抱く、家族愛だ。
「俺、血縁者は叔父くらいだから。あとはいない。……いたけど、もう二度と選ばない。昔そう決めた。それから俺は、家族を自分で選んでる。……選んで、もらえた」
「……でも、家族じゃない」
「じゃあ、家族ってなに?」
問い詰める口調ではなく。
蕪木はやわらかく微笑んだ。
「家族って、なんだろう」
「……」
「血縁者以外で。なにも結び付きのない赤の他人を、恋でなく愛するのは―――選ぶのは、どんな名前がつくんだろう」
「……私」
応えず―――答えた。す、と、視線を上げる。
「私の中で。『家族』は無条件に力を尽くす相手です」
「うん」
「養子縁組とかを否定してるんじゃありません。そういうのじゃなくて―――恋愛以外で他人に無条件に力を尽くすことは、私にとってはよく分かりません」
「うん」
「仮に『恋人』でも。力を借りるには―――なにか別の形で恩恵があるから貸してもらえるんだと、思います。……どれだけきれいごとを言っても、それはそうだと思います」
「うん」
―――自分の話を。
弥子の話を、こんな風に―――言葉ひとつひとつ受け止めて、会話してくれる他人は、今までいただろうか。
最低
かつて投げられた言葉を思い出す。怒りと羞恥で震える唇が、痛みを剥き出しの固い声で弥子に言う。
あの時くらいだ。他人とここまで深く会話するのは。
心地良くは―――ない。不安定にぐらぐらして、上手く間合いを保てなくて―――壊れてしまう。
立岡 弥子は根底的に、人間関係を築くことが出来ない。いつだって。
―――それでも。
「……ありがとうございます。夕飯までご馳走して頂いて」
「ううん。ここまでで本当に平気?」
「十分です」
バス停前だ。家まで送ってもらうなんて流石に甘え過ぎだ。
「ノートもありがとうございます。楽しかったです」
「そう。またおいで」
「はい。是非」
笑う。ぎこちなくでも確かに、笑えていた。