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魔法使いじゃない4

 ジルが大公の早駆けに付き合い城壁の外へ出たのは、三月ほど前だっただろうか。あの時の街道は色とりどりの花に彩られていた。今護衛のリーンとともに馬を進める街道沿いは夏の日差しを浴び、青々と草木が茂っている。


 自室にこもって魔法の技術書や古代帝国の歴史書を読んでいるときは、そばに侍女が控えていても置物程度にしか感じないが、護衛の騎士見習いとはいえ、自分とあまり年の変わらない少女と馬を並べているとなんとも居心地が悪い。


 彼女なりにジルの護衛の為に気が張っているのだろう。何度もジルの方を振り返り振り返り馬を先に進めていた。ジルとしては叔父が最後に言った言葉を吟味したいのだが、こうちらちら見られるととても落ちつかない。落馬するとでも思われているのだろうか。


『ラーナは本物の魔法使いだよ』


 叔父は何故こんなことを言ったのだろう。ジルが知らないところで、彼女を招きいれようとしていたようだから、その時に知ったのか。確かなのはラーナ・プラヴァが本物の魔法使いであると断言できるほどの情報を持っているということだ。





「ゲーノ! ゲーノ! ゲーノ!」


 

 突然の奇声に先を行くリーンが驚く馬の手綱を引き辺りを見渡す。

 艶やかな緑色の姿だけは美しい鳥が、ジルのほうに飛んできた。さえずる声だけは怪鳥と言っていいような有様だ。小鳥というには大きく、だがカラスよりは小さい。


「お~、ゲーノ久しぶりだな。元気みたいだな。ふふ、お前もついてくるか?」

 

 緑色の怪鳥は、言葉がわかっているわけでもないだろうに、嬉しそうにジルの周りを飛んでいる。


「ジルディオ様、その緑色の鳥はなんですか?」


 任務中とばかりに何も言わずに付き従っていたリーンが、好奇心に負けたのか館を出て初めて口を開いた。


「こいつか? 昔から大公と早駆けに行くといつもこの辺にいるんだ。面白そうだから捕まえようとするんだけど、意外と素早い奴でな。館で飼われる気はないらしい」


 緑色の鳥はリーンの馬に羽を下ろすとまるで挨拶するかのように彼女を覗き込んでいる。リーンも鳥を見つめていた。奇妙な怪鳥のおかげで朝からの緊張が少しほぐれたのか、少し微笑んでいるように見える。


(ちょっとはかわいい顔もできるんだな)


 考えてみれば、昨日護衛につくと引き合わされてから彼女の気難しそうにしている顔しか見たことがない。任務を全うしなけれればととても気が張っているのだろう。ジルのことを主人だと思っていない館の侍女と比べてなんて職務に対して真面目なんだと感心してしまう。


「騎士団でも、この辺りで訓練を行うことがありますが、はじめて見ました」

「そうなのか? いつもいるから、ここら辺りじゃよくいる鳥なのかと思っていた」


 リーンに見飽きたのか、緑色の鳥は再びジルの周りを飛びはじめた。相変わらずゲーゲーと気味の悪い声で鳴いている。昔から捕まえることはできないが、とても人懐こい鳥なのだ。


「今から、旅に出るんだが着いてくるか」

「ゲ~!」


 まるでジルの言葉がわかるかのように緑色の鳥はジルの馬の頭の上に下り立った。


「ジルディオ様、その不気味な鳥も連れていくんですか?」

「ジルでいいよ」


 ジルの趣味の延長に、真面目な彼女をつき合わせていると思うと少し申し訳ない気がした。これから片道五日ほどの旅で、ずっとこの緊張したままの状態であれば、彼女も疲弊してしまうだろう。


「今のうちに言っておくが、私は大公閣下の甥だが、大公家の人間じゃない。父は平民だ。館の中では叔父上の手前みんな私を公子として扱うが、ただの平民だ。だから君もそうかしこまらなくていい」


 そんなことできませんと彼女は即答した。ジルの予想通りの回答だったが、旅は始まったばかりなのだ。道中少しは彼女も打ち解けてくるだろう。普通はこんな反応だよなとジルは最初から自分を適当に扱っていた侍女を思い出ていた。



 

 ジルの父は将来を嘱望される法務官だったという。優秀な役人だったが生家は普通の庶民で、母と結婚するときにはジルの祖父母にあたる親も亡くし天涯孤独の身であった。ジルの母親はそんな男と結婚するために公女としての一切の権利を放棄して降嫁していた。だからジルの公式な身分は平民でしかない。

 

 だが平民であるジルを、叔父の大公は一族の人間・公子として扱ってくれた。女好きなところに目をつぶれば、ジルがまともな学問を修めようとせず、魔法学にのめり込むのを優しく見守ってくれる寛大な存在だった。


 だが、本当に寛大なだけの人なのか。もしかしたら大公は何も言わないだけで、本当はジルよりも魔法使いを知っているのかもしれない。ラーナが本物の魔法使いであることを最初から知っていた可能性……


 いくら今はほとんど魔力がある人間が生まれてこない、ここ数百年は高名な騎士を何人も輩出してきた騎士の名門といってもいい大公家だが、元は古よりの魔法使いの家柄だ。魔法使いについて、歴代の大公しか知らない秘密があるのかもしれない。


 そう考えると、叔父が溺愛しているジルを養子をにしない理由もなんとなく見えてくる。ジルがそんな核心に迫る知識を得てしまったら、際限なくそれを求め暴走してしまう。自分をよく知っている大公だからこそあえてその情報に近づけないようにしている。最初は漠然とした考えだったが、考えれば考えるほどそれが真実のように思えてきた。。

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