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魔法使いじゃない2

 リーンは納得がいかなかった。女なのに騎士になりたいと騎士団の門をたたき、なんとか騎士見習いに取り立ててもらった。同年代の男達と並ぶほどの剣術も馬術も身に付けたはずだ。


「ジルディオ様、今回の任務の護衛にあたります騎士見習いのリーン・ダルバです。よろしくお願いいたします」

「うん、わかった」


 その後の反応がとても薄い。

 はじめての任務は、大公閣下の甥の護衛だ。本来ならば騎士見習いの身には過ぎるほどの大役だろう。しかし、この護衛対象はいささか問題の多い人物だった。領内や大公の館でひそやかにささやかれる噂が原因だ。大公閣下の甥は魔法使いだと言われている。

 目の前の人物は本当にあの大公閣下と血が繋がっているのか疑わしいくらいひ弱だった。自分より一歳年上のはずの男は、騎士になるために鍛えているとはいえ女のリーンより細い。顔立ちも整っているが力強さはないよく言えば柔和、悪く言えば緊張感のない腑抜けた感じだ。


 リーンから見ると男のなりそこないのような人物だが、大公閣下は溺愛されている。いや昔は館の人間も領民も彼を愛していたのだ。大公閣下の姉はその夫とともに旅先で落石事故に巻き込まれ亡くなった。たまたま館に預けられていた三歳の男の子だけが残された。姉夫婦の遺児を引き取り育てる大公と突然両親を失った子に周りは同情し暖かく見守っていたのだ。だがどうしてこうなった。不幸な生い立ちだが周りの愛に支えられ育まれた子は、魔法使いという不気味な存在になってしまっていた。


「最初に言っておくが、私は魔法使いではない」


 後ろで侍女が吹き出している。その後大公の甥は自分が魔法使いではないかの説明を始めたのだが、リーンにとっては無駄な時間でしかなかった。いつ出発し、どこへ向かうのか、用意しなければならない物など話を詰めなければならないことがあるはずだ。なのに目の前の男は、史上最強の魔法使いはだれだったかとどうでもいい話をはじめている。


「ところでジルディオ様、出発はいつになさいますか」


 本来であれば自分より身分が上の人間の話を遮ることは許されないことだ。ただ男も自分が話を脱線しすぎたことに気が付いたのだろう。少しばつの悪そうな顔をしていた。


「叔父上に色々確かめねばならぬことがある。出発はそれからだ」




 大公の私室に先触れもなく入ることができるのはジルだけだ。ジルにはうっすらとした記憶しかないが両親が亡くなってしばらくの間暮らした部屋でもある。


「あの時のジルディオ様はそれはそれは健気で、皆の前では賢明に我慢してらっしゃるのに大公閣下が部屋に戻られると、とたんにお泣きになられておりました。その様子に我々がどれだけ涙したことか…。それなのに、それなのに…。」


 その後、侍従長の小言が続くのが常だったので、今となっては、ジルには思い出したくない過去だ。


 ジルが軽くノックをして扉を開くと大公は一人ではなかった。立ったまま着衣の乱れた女性を抱きしめる美青年と突然のことに真っ赤になっている女。女はうなじまで真っ赤になっているけれど、かろうじて腕にかかった服から推測するに大公付きの侍女のようだ。


「やっときたか」


 恥ずかしがっている侍女とは対照的に輝ける大公はふてぶてしい。この人は一体何人の女に手を出す気だろう。ジルが非の打ち所のない親代わりの大公をいまいち尊敬できないのは、大公のこの女好きな性格のせいだ。


「叔父上、いい加減ちゃんと妃を迎え入れたらいかがですか」


 ジルにとってもこの光景はよくあることなので、今さら動揺なんてしない。身の置き所がなくなっている女には悪いが、濡れ場なんて幼い頃から見慣れている。

 表向きは、いつでも政略に使えるように大公妃の座を空けていることになっているが、一人の女に縛られるのはまっぴら御免だと大公が公言しているのを館の人間は皆知っている。こんなにいい加減なのに、顔が良くて、剣も使えて、政治力もあれば許されてしまうらしい。


「この世にはすばらしい女性が数多くいるのに、その中からたった一人を選ぶなんて無理な話だろう」


 自分の魔法学への情熱を他人が変えられないように、大公の女性に対する態度も誰にも変えることなどできないのろう。ジルは甥の立場としてあえて大きなため息をついてみせた。それに今日この部屋を訪れたたのは、大公の性癖をどうこう言うためではない。


「前は反対していたのに、どうしたんですか」

「実は今まで何度も彼女を招へいしようとしたんだが、返事もくれなくてねぇ。そんな女性だとどうしても会ってみたくなるじゃないか。幸い噂じゃ彼女の好みは若い男らしい。ジルが迎えに行けばきっときてくれるよ」


 稀代の女魔法使いも、大公にとっては落としてみたい女に過ぎないのか。この人のことだから招へいするために送った書状も、恋文みたいな文面じゃなかったのかと疑ってしまう。


「もしかして、護衛につけてくれた騎士見習いの子もあなたのお手つきですか?」


 この男ならば、自分の意に操れる女をジルの監視役に付けることなど造作ない。色気が服を着て歩いているような自分付きの侍女が、自分のことをこの叔父に逐一報告していることをジルは知っている。ただジルを毛嫌いしている彼女が、大公の愛を受けることはないだろう。大公は女性を愛するのとは別次元で、姉の忘れ形見である自分を溺愛している。愛する甥を悪く言うような女とわざわざ肌を合わせる必要はない。大公に抱かれたい女はこの国にたくさんいるのだ。


「お前とたいして歳も変わらない子供に手を出すほど、私は落ちぶれていないよ。生娘は面倒くさいしな」


 こんな男がどうして女達から絶大な支持を得て、男達からも慕われているのかジルにはさっぱりわからない。周囲が叔父を太陽公と称えるたびになんとも言えない気分になるのだ。


「私のようになれとは言わないが、お前も少しは女と触れ合え。せっかくの道中むさい男同士で行くよりも同年代の女の子と行ったほうが楽しいだろう」

 

 この人と女達とのやり取りを間近で見て育ち、女に対して一種の諦観というか苦手意識を持っていたジルにはいらぬお節介だ。だが脳筋の男臭い騎士と連れ立っての旅というのもあまり気乗りしない。ここはこの叔父の善意を素直に受けたほうがいいのだろう。


「あぁ、ジルちょっと待て」


 大公はジルを引き止めると、先ほどの情事のことなどなかったように居住まいを整え神妙そうに控えていた侍女に何やら耳打ちした。


「女性に会いに行くんだ。ちゃんと身だしなみは整えろ」


 侍女はジルを椅子に座らせると、一抱えの道具を持ってきて何も手入れをしていないボサボサの髪をいじりだす。


「さすが大公様のお血筋。ちゃんと香油でとかせばこのように、この黒い髪、まるで絹糸のようですわ」


 叔父のお眼鏡にかなう女は愛する甥を邪険にしない女だ。ジルは自分付きの侍女もこの辺を学習すればよいのにと小さくため息をつく。

 侍女に促され姿見の前に立つと、鏡の中には線は細いがそれなりに貴公子に見える若い男が立ってた。


「お前は俺の血をひいているんだ。もっと自信を持てよ」


 この男が太陽公と呼ばれるのは、容姿や能力からではない。傍にいて暑苦しいくらい楽観的で自信に満ちているからだ。そしてその太陽はジルにはとても眩しすぎた。

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