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本物がいた1

やっと続きが書けました

「助けて……。お願い……」


 その声は泣き声だった。

 真っ暗な納屋の中から聞こえる子供の声。


「だれかいるんですか? どうして泣いているんです?」


 好奇心から納屋の引き戸にあったつっかえ棒をはずし扉を開けると、十歳くらいの少年が転がり出てきた。金色の髪の毛が星明りに映えてキラキラ光っている。そういえば家主の頭も、ここまで輝いていなかったが暗い金色をしていたのをジルは思い出していた。


「この家の子かい? 夕飯のときも見かけなかったけれど、何か悪さでもしたのかな」


 ジルも幼い頃に悪さをするとよく宝物庫に閉じ込められていた。そこで魔法に関するあれやこれやを見つけてしまい今にいたるので、大公の名の下しつけを行っていた侍従長はその後いたく後悔したと聞いている。


「僕は魔法使いじゃない。魔法使いじゃないのに」


 子供は泣きじゃくりながらその言葉を繰り返していた。少年の言葉にジルは目を見開いた。


「もしかして、神殿の石が反応したのかい」


 子供は泣きながらうなずいた。


「もうすぐ神殿から迎えが来るって……。行きたくないよ。うちにいたいよ」


 息子が魔法使いだとわかった時点で、家主の家族は彼を家族として扱わなくなった。旅人が宿を求めるときは母屋から追い出され納屋に閉じ込められる。少年にとっては悲劇だろうが、ジルは生まれて初めて目の前にする魔法使いの能力を持った人物の出現に興奮していた。





 神殿の本拠地はスティンで、スティンはグレサガの後ろについていて、グレサガはクルクニに宣戦布告してきた。神殿の嫌がることをするのは、クルクニにとって悪いことではない。

 泣きじゃくるのを落ち着かせるようにジルは少年に優しく語りかけた。


「私達についてくるかい? 私達は今からライラ島のラーナ・プラヴァのところへ行く。神殿に連れて行かれるよりも、同じ魔法使いに助けを求めたほうがいいだろう」 


 魔法使いについて研究しているジルであっても、神殿に連れていかれた魔法使いがどういう扱いを受けているのか正直なところはわからない。殺されるとか拷問されると言われているが、殺すのならばスティンに連れて行かずとも近くの神殿が行えばいいだけのことだ。単純に処刑されるのではないと考えている。

 ただ彼らが見せる魔法使いへの態度を見れば厚遇されるわけではないだろう。幽閉され一生表に出てこれなくなるのではないか。奴隷のように魔法の力を搾取されるのではないかと考察している。

 見ず知らずの人間の突然の申し出に、少年の涙は引っ込んでしまったようだ。不思議な生き物を見るような目でジルを見つめ返してきた。


「あなたは誰?」


 どう説明しようかジルが思案していると背後から声がした。

 

「ジルディオ様、どうされましたか?」


 母屋から現れたリーンだった。ジルがゲーノを連れて部屋を出てからなかなか帰ってこないので様子を見にきたのだ。


「リーンか。この子をラーナのところまで連れていこうと思う」


 一体この護衛対象は何を言っているんだと冷めた目でリーンがジルを見返す。


「家主の息子のようだが、神殿の石が反応したらしい。本物の魔法使いだ。ラーナを説得するよい材料になると思わないか?」

「えっ、魔法使いなのですか」


 リーンの声が少し震えていた。魔法使いに対する普通の人間の感覚はこんなものなかとジルは少しがっかりした。

 神殿の影響が少なく比較的魔法使いに対して甘いといわれるクルクニの民であっても、魔法使いと言われれば警戒する。


「どうせ君からしたら、私も魔法使いの範疇に入るんだろ? 一人でも二人でもあんまり関係ないじゃないか」

「ジルディオ様は魔法使いではないでしょう。それに我々は急がなくてはなりません」


 早く役目を完了し、国の大事に騎士として参加したいリーンのあせりもわかるが、ジルはこのままここに少年を残していくには気が引けた。このままこの少年に不幸になるとわかっていて何もしないことに気がとがめるというのもある。そして何よりめったにいない魔力持ちの人間にやっと会えたのだ。本物の魔法を見られる絶好の機会なのだ。いつになく自分が興奮しているのをジルは自覚していた。

 彼が本物であれば、これまでジルが覚えてきた魔法の術式が活かせるかもしれない。魔法が使えなくても初歩の魔術の方陣の書き方と呪文は暗記している。少年でもすぐできそうな簡単な術式を試してみることにした。これで神殿の石の選別が本当かどうかもわかるはずだ。




「ここにこんな円を書いて『光れ』と言って見てごらん」


 少年がジルの指示通り地面に指で円を描き、小さく言葉を紡ぐ。


「光れ」


 すると円のほんの少し上に光珠が現れた。小さな光であるけれど青白いその光が現れたことに、少年とリーンは口をポカンと開けたまま固まっていた。これでこの少年が魔法使いであることが証明されたといっていいだろう。


「凄い! これが魔法か! あの本に書かれていた術式は間違いないということが証明されたぞ。荷物になると置いてきたが、持ってくればよかった」


 ジルが興奮している。するとリーンが何を思ったのか少年が描いたのと同じ円を描きはじめる。その意図に気が付いたジルが止めようとしたが、彼女の口から言葉が出るのが早かった。


「光れ」


 何も起きず、少年が起こした光もしぼんでいった。空の星だけが輝いている。


「あれ、だめみたい。この子本当に魔法使いなのね」

「君は平気なのか」


 自分が描いた円には何も変化が起きないことにリーンは少し残念そうな顔をしていた。昼間はずっと真面目な顔をしていたが、今は年相応の幼い表情だ。こちらの顔のほうが素なのかもしれない。

 彼女が普通にしている様子を見て、ジルも円を描いてみる。幼い頃の嫌な記憶が頭をめぐるが、深呼吸して口を開いた。


「光れ」


 脳天を殴られたような衝撃をうけ、ジルが思わずひざをつく。頭蓋の中のズキズキとした痛みに転げまわりそうになるのをなんとか気力で持ちこたえていた。

 ただならぬ様子にリーンが声をかけるが、ジルの耳には入ってこない。


「今日はもう休もう。明日夜明け前に立つ。付いて着たければ支度をしておきなさい」


 同じように魔方陣を発動させようとして、どうしてリーンは平気なのだ。

 割れそうな痛みのする頭を抱えながら、ジルにはどうしても納得がいかなかった。

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