寄せ鍋VS水炊き
「そろそろ鍋の季節ですね」
『!?』
安達家にて、ふと思い出したように呟かれたシーナさんの言葉に、ケモ耳二人と長耳二人の耳がピンと立ちました。
「鍋……つまり肉だな」
唐突に日本人もビックリな新方程式をぶちあげるマカミさん。相変わらず無表情ですが、もふもふ尻尾が暴れまわり自重してません。
まあ鍋と言えばしゃぶしゃぶという人も居るので、案外間違っていないのかもしれません。
しゃぶしゃぶという言葉を聞いてノーパンしゃぶしゃぶという単語を思い出した方々は、口に出したらおっさん認定されるので気を付けましょう、
「いや、魚もいいでござるよ。蟹もいいでござるな」
一方こちらは魚介派なヤヨイさん。さすがは猫です。
ちなみに猫が魚好きというのは日本人だけが抱いている印象であり、海外では普通に肉を食べてたりします。
でも魚なんぞ見たこともないであろうライオンに魚を与えても喜んで食べるので、やはり猫は魚好きだという人もいます。
……猫?
「しかし最近は野菜が高いからの。昨日見た時など白菜の値が三倍になっておったぞ」
一方鍋をやるには野菜が高いというリィンベルさん。
白菜のない鍋なんぞポケットのない某猫型ロボットのようなものです。
出来過ぎな少年が劇場版に出ないのはポケットが封印されるのと同じ理由なのです。
「ふむ。なるほど。一口に鍋と言っても色々種類があるのですね」
そして鍋と聞いてスマホでどのような料理なのか調べているイネルティアさん。
期待が無駄に膨らんでいます。このままではせっかく痩せ始めたのにリバウンド一直線です。
「確かにお野菜が高いですね。しばらく控えましょうか」
『えー!?』
スーパーの広告を見ながら決定する安達家のオカンと、抗議の声をあげる子供たち。
総理大臣やってる安達くんが家主な上に、それぞれ仕事も持ってるのだから金など有り余ってそうですが、それでも万が一に備えてお金の使い方を考えるのがオカンなのです。
「では皆さん今晩食べたいものはありますか?」
「焼肉」
「煮付け」
「餃子」
「ハンバーグ」
「グラタン」
「……見事にバラバラじゃな」
各々好きな料理を言うものの、まったく統一性がなく呆れるリィンベルさん。
背後でおっさん二人が「貴様餃子とか私に対する挑戦か!?」とか「ニンニクを抜けばよかろうが! 貴様こそハンバーグとか子供か!?」と喧嘩してます。
何でグラウゼさんが真昼間に起きているのかと言えば、きっとトイレです。決して鍋と聞いてわくわくしながらリクエストに来ていたわけではありません。
「まあシーナたちが作るものなら皆なんでも喜んで食べるだろう」
そしてそんな大人げない大人どもを放っておいてフォローするマカミさん。
さすがおっさん共とは違って普通に大人らしい大人です。肉が絡まなければ。
「何でもいいというのも困るんですよね」
「まあスーパーでものを見ながら考えるのもいいのではないか」
頬に手を当て弱ったように微笑むシーナさんと、チラシを見ながら提案するリィンベルさん。
今日も日本は平和です。
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一方ドワーフ王国。
最近周辺国はもとより大陸中で評判となっているジュウゾウさんのお店。
そんなお店の中でジュウゾウさんが固まっていました。重い影を背負って頭を抱えながら。
「……どうしたんだいジュウゾウ? 三日三晩煮込んだ鍋がひっくり返ったみたいな顔して」
「なんという悪夢ですかそれは!?」
バーラさんの例えを聞いて想像してしまったのかビクッと震えるジュウゾウさん。
ここまで反応するということは、実際にやらかしたことがあるのかもしれません。
「いや、この間ガルディアの王様と王妃様がお忍びで来たことは話したでしょう」
「ああ。王妃様がアンタと同郷だから興味がわいたんだって? それがどうかしたのかい?」
「……今度その私たちの祖国である日本について各国で話し合いの場を持つので、私にその集まりで出す料理を任せたいと王様から依頼が」
「へえ! そりゃ大任じゃないか」
「……」
我がことのように喜んでみせるバーラさんに対し、何故かますます沈んでいくジュウゾウさん。
「……何か問題が?」
「……荷が重いです」
そう弱音を吐いてうなだれるジュウゾウさん。
実に胃が痛そうです。
「そりゃ私だってホテルとかで修業はしたことありますけど、せいぜい田舎町で自分の店を持てたらなーと思ってた小さい料理人ですよ? 各国のお偉いさんとか……しかも皇帝陛下とか相手にどんな料理をお出しすれば!?」
「ああ、そういうこと」
お忍びであちらが店に来るならまだしも、今回はこちらがお上にお伺いするのでいつもと同じ料理というわけにはいきません。
そして各国が集まるならば、当然大陸北部の覇者であるフィッツガルドの皇帝も来ます。
というかジュウゾウさんは知りませんが、今回各国が集まることになったのはフィッツガルドが発端です。
きっと今頃皇帝も「アハハ」と渇いた笑みを浮かべながら胃を押さえていることでしょう。
「大丈夫だって。王様からの依頼なんだろ? なら王妃様が贔屓したわけじゃなくて、アンタの腕なら大丈夫だって信用されたんだ。自信持ちなって。私も考えるの手伝うからさ」
「うう……はい。ありがとうございます」
バーラさんに励まされ何とか顔をあげるジュウゾウさん。
そんなジュウゾウさんを見て仕方ないなあと笑うバーラさん。
今日も異世界は平和です。




