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異世界オネエ物語2

 竜王山。

 王国の北部に位置するその山は、貴重な鉱石が多く取れるために貴重な財源となっている。

 しかし山にはその名の通りドラゴンが住んでおり、徘徊するモンスターもドラゴンの気にあてられたためか他の地域よりも強力なものが多い。


 それでもモンスターの少ないふもとには町があり、それなりに栄えてはいるのだが。

 その町から王都へと通じる道で、王国の女騎士であるグレイスは窮地に陥っていた。


「ック! また空に逃げられた」


 悔しげに顔を歪めるグレイス。その視線の先には、空を舞う竜のドラゴンの姿があった。

 山の主である竜王の配下の一体。そのドラゴンにグレイスは襲われているのだ。


「……もう良い。逃げよグレイス」

「殿下!? 隠れていてくださいと言ったはずです!」


 かけられた声に振り向けば、そこには主であるハインツ王子が居た。

 女たちが誉めそやす美貌を恐怖に染めながら、それでも屈してなるかと決意を固めた姿で。


「私の足ではあれから逃げられぬ。だがそなたならば可能だろう」

「何を馬鹿な。主を捨てて逃げる騎士など居りましょうか。仮に逃げ延びても、騎士としては死んだも同然。殿下は私に死ねとおっしゃるのですか!?」

「ああ死んでくれ。騎士として死に、女として生きよ。……惚れた男が居るのだろう?」


 空を飛ぶドラゴンなど忘れたように微笑んで言う王子。

 その姿に、グレイスは息を飲み言葉を失った。


「……殿下?」

「すまぬなグレイス。乳兄妹とはいえ、そなたを騎士として側に縛り続けたのは私の我儘だ。思いを告げることもできずに、それでも手放したくないと駄々をこねた。

 だがどうやらそれも終わりのようだ。死を前にして、ようやく立場を捨て一人の男として立つ覚悟ができた」

「……」


 言葉を失うグレイス。王子はそんなグレイスを安心させるように笑うと、その手から剣を取り上げた。


「さあ、行けグレイス。私でもアレを相手に足止めくらいはできるだろう。

 ……そなたを愛した男のため、そなたが愛した男のために、生き延びよ」

「……殿下」


 そう言うと王子はグレイスに背を向け悠然と歩き出す。

 空の支配者であるかのように振舞うドラゴンへと向かって。


「……殿下」


 呆然と、グレイスはそれを見送る事しかできない。

 幼い頃から臣下として共に在った。

 お転婆な自分を、いつも仕方ないなと苦笑しながら見ていてくれた。


 恋心など無い。それでも。

 グレイスにとってハインツは兄のように大切な人なのだ。


「殿下。……殿下ァ―――――!!」



「あら? グレイスじゃない。こんなところで奇遇ねぇ」

「……は?」


 突然声をかけられて振り向けば、そこには相変わらず窮屈そうに服を着たオネエが居ました。

 何かの依頼の帰りなのか、重そうな皮袋を背負っています。


「ゆ、ゆ、ゆ、ユキ殿!? 何故ここに!?」

「何故って、竜王山は冒険者御用達の稼ぎスポットじゃない。でも本当にモンスターが強いわね。バジリスクと遭遇して下半身が石になったときはちょっと焦ったわ」


 どうやらオネエは下半身が石になってもちょっとしか焦らないようです。

 どうやって石化を解いたのかと聞けば『気合で』と答えるでしょう。

 オネエの熱いパトスの前では全てのモノが無力なのです。


「グレイスこそどうして……あら、いい男」

「!?」


 ドラゴンに立ち向かう王子の姿を認め、オネエがうっとりとしグレイスは二重の意味で焦ります。

 ただでさえドラゴンにロックオンされているのに、オネエにもロックオンされたのです。

 今ここで生き延びても王子に明日はあるのでしょうか(性的な意味で)


「って殿下!?」


 オネエと暢気に話している間に、ドラゴンが王子目がけて急降下していました。

 王子も剣の心得があるとはいえ、ただですむはずがありません。


「ユキ殿! 殿下を……?」


 助けてと言おうと振り向けば、オネエはその辺で拾った石を片手に、背を向けて奇妙なポーズをとっていました。 


「のーもー、ひ○ーお!」


 そして謎のかけ声と共に体を反転させ投擲。

 いわゆるトルネード投法ですが、異世界人に分かるはずがありません。

 というか日本人でも若い人は分からないでしょう。オネエの歳がばれかねません。


「って石なんかで……」

『ギシャアアァアァァッ!?』

「えーーーーッ!?」


 グレイスの懸念を嘲笑うように、石はドラゴンの頭部に命中し空気をひきさくような悲鳴が響き渡ります。


 石を馬鹿にしてはいけません。

 地球では投石で巨人を殺した人もいますし、オネエの同類であるクー・フーリンさんも投石でたくさん戦果をあげていたりします。

 殺傷能力が高く、遠距離攻撃が可能で、補給も容易。石は神が人間に与えた万能兵器なのです。


「あら? 一発でおねむかしら。だらしないわね」

「……」


 ドラゴンが地に落ちて動かないのを見て、オネエは手の中で石を弄びながらつまらなさそうに言います。

 強いとは思っていましたが、まさかドラゴンを倒すほどとは思っていなかったグレイスは絶句しています。


 ちなみにドラゴンを単独で倒すというのは『竜殺し』として歴史に名が残るほどの偉業です。

 異世界の歴史にオネエの名が刻まれることが決定した瞬間でした。 


「こ、これは一体?」

「っ、殿下!」


 何はともあれ。王子が無事だったのでグレイスは慌てて駆け寄ります。


「グレイス……どうやら私は死に損なったらようだ。……その者が助けてくれたのか?」

「は、はい。彼は冒険者の……」

「お初にお目にかかります。ユウキ・コクショウと申します」

「……はい?」


 片膝を付き騎士のように名乗ったオネエに、グレイスが目を丸くします。

 仮にも日本人なオネエです。偉い人相手に礼を失するような真似をするはずがありません。


 しかし普段のオネエしか知らないグレイスからすれば、異常事態でしかありません。

 男らしいオネエにちょっと惚れ直したのは内緒です。


「コクショウ殿……聞かない家名だな」

「生地は遥か遠き異郷の地故、聞きなれぬのも当然でありましょう」

「異郷の……なるほどそなたが」


 そう呟くと王子は意味ありげな視線をグレイスに向けます。

 バレタ。色んな意味でピンチです。


「コクショウ殿。ドラゴンを倒した手腕、見事であった。ぶしつけではあるが、騎士として私に仕えてはくれないか?」


 唐突に墓穴を掘り始める王子。背後でグレイスが焦りまくって愉快な踊りを踊っています。


(い、いや待て。ユキ殿は騎士に興味は無いはず)


 何せグレイスが何度勧誘しても靡かなかったほどです。

 本人も堅苦しいことは苦手だと言っていましたし、断わるに違いありません。


「……謹んでお受けいたします」

(何故に!?)


 内心で絶叫するグレイスですが、男二人はさっさと話を進めてしまいます。

 グレイスの剣で簡易の騎士叙任をすませる王子とオネエ。

 オネエも黙っていればいい男なので実に様になっています。


「……ユキ殿。どうして?」

「……最近グレイス以外からも国に仕えるように言われまくってたのよ。挙句に王子様直々に誘われてきっぱり断われるほど、私は図太くないわよ」


 どうやら色んな意味で危険なオネエを、国はどうにか傘下に収めたかったようです。

 のらりくらりとかわしていたものの、そろそろ潮時かなと思い始めたところで王子直々の勧誘。

 理不尽なほどに強くても、根は意外に常識人なオネエは断わりきれなかったようです。


「心配しなくても、王子様に手を出したりしないわよ」

「そ、そうか」


 そんなオネエですから、一夜の恋の相手に王子様を選ぶはずがありません。

 それを聞いてグレイスはほっと安堵の息をつきます。


「……まあ王子様は無理でも、他の騎士とかにもいい男が多そうだし」


 その呟きがグレイスに聞こえなかったのは、果たして幸運なのでしょうかそれとも不運なのでしょうか。

 今日も異世界は平和です。



「……ドラゴン倒しちゃったね」

「……倒してしまいましたね」


 一方の高天原。

 アマテラス様とツクヨミ様は、久しぶりにオネエの様子を見てみたら、人類の限界を突破していたので唖然としています。


「……実は竜もどきのトカゲだったとか?」

「いえ、正真正銘の竜種です」


 竜種というのは場所によっては神として崇められ、巨人と並び神の領域を侵し得る最強の種族なのです。

 そんなドラゴンを投石一発。

 もう地上にオネエと並び得る存在は居ないのではないでしょうか。


「……スサノオに教えたら喜んで喧嘩売りにいきそう」

「異世界が更地になるのでやめてください」


 もはや扱いが怪獣なオネエでした。

 今日も高天原は平和です。

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