スタイリッシュ盆踊り
盆踊り。
お盆の時期に行われる慰霊や供養のための踊りであり、その起源は念仏踊りとされていますが、近年どころか割と最初の方から「そんなの関係ねえ!」状態なイベントでもあります。
華やかな衣装や音楽などが娯楽として広まり、しかもハッスルした人たちが夜の野戦を行うばかりか乱戦にまで突入しちゃうせいで、文明開化後には警察による取り締まりすら行われたそうです。
現代ではさすがにそんな問題になるような盆踊りは開催されていませんが、ご近所への迷惑を考えて無音で踊ったり、文化の多様化に乗っかってヒップホップで踊り狂ったりしてる地域もあります。
あの世から帰ってきたじっちゃんばっちゃん困惑待ったなしです。
でも案外一緒に踊り狂ってそうなのが日本です。
「ヤヨイさーん。準備できましたか?」
「もうちょっとでござる」
さて、そんなお盆のある日。
安達家の面々は近所で小さな盆踊り大会があると聞き、何か流れで参加することにしました。
アンタら帰って来る先祖とかこっちに居ないだろとつっこまれそうですが「アダチさんのご先祖様は私のご先祖様も同然ですから」というシーナさんのどこか病み臭のする発言で流されました。
むしろこういうのは深くつっこんだらいけません。
これ以上拗らせる前に気付かれないよう緩やかにフェードアウトするのがベストです。
「ふむ。予想以上に似合っていますね。可愛らしいですよエルテさん」
「……えへへ。ありがとうございます」
安達くんに褒められ、白地に色鮮やかな金魚の描かれた浴衣の端を摘まみ恥ずかしそうに笑うエルテさん。
金髪碧眼なエルテさんに浴衣とか似合わないんじゃないかと思う人も居るでしょうが、外国人が浴衣を着て人ごみに紛れてても案外気づかない程度には似合います。
ちなみに着付けは故郷に着物と似たような服があるヤヨイさんがやりました。
普段が武士なヤヨイさんに着付けができるのは意外かもしれませんが、逆に言えばヤヨイさんは武士階級なお家のお嬢さんです。女性らしい教養も当然あります。
「お待たせしたでござる」
「お待たせしました」
そんなヤヨイさんと一緒にシーナさんが浴衣を着てリビングに現れます。
ヤヨイさんは濃い青地に朝顔が描かれた浴衣。シーナさんは水色の流水に菊の花があしらわれた柄の浴衣を着ています。
「おお。シーナもヤヨイも似合っておるの。のうアダチ?」
「ええ。お二人とも素敵ですよ。このまま外に出すのが心配になるほどです」
「ふふ。ありがとうございます」
「どうもでござる」
リィンベルさんに水を向けられた安達くんに褒められ、見た目淑やかに微笑みながら内心で狂喜乱舞なシーナさんと、満更でもないヤヨイさん。
このまま今日も日本は平和ですと終わりたいところです。
「しかし随分と時間がかかったようじゃが?」
「久方ぶりの着付けであった故に手間取ったでござる。その上シーナ殿はスタイルがいいでござるからな。寸胴を作るのに苦労いたした」
浴衣を着る際に腰などにタオルを巻くのはよく知られていますが、凹凸の大きい人はさらに晒を使いくびれをなくしたり胸を押さえつけたりします。
別にそのままでいいじゃないかと思う男性も多いでしょうが、浴衣はヤヨイさんも言っているように寸胴体形にしないと着崩れるので、見た目的にもそちらの方が美しいのです。
ちなみに着付けにまったく手間のかからなかったエルテさんが内心で自分は子供体形なのかと悩みましたが、己のプライドを守るために沈黙を選びました。
そのうち大きくなるからなんて慰めは所詮慰めでしかないのです。
「リィンベル殿とイネルティア殿は浴衣は着ないでござるか?」
「わしは着飾るような歳でもないしの」
「わ、私はその……お腹が気になりますので」
ヤヨイさんの問いにあっさりと答えるリィンベルさんと、恥ずかしそうに言うイネルティアさん。
お腹が気になるというイネルティアさんですが、晒を巻く技法の中にはぽっこりお腹を持ち上げて圧迫する巻き方も存在します。
どんな体も寸胴にしてやると言わんばかりのその数々の技は、もはや執念すら感じさせます。
いつの時代も女性の美への追及に限りはないのです。
「ふっ。民族衣装を纏ったヤヨイさんも美しい。女神も嫉妬することでしょう」
「とりあえずそういうセリフは逆まつげを抜いてから言うでござる」
相変わらず謎のポーズをとりつつも、まばたきを繰り返し大量の涙を流しながら褒めちぎるローマンさん。
ただの浴衣姿から一体どのような邪な思考に至ったのでしょうか。
いつの時代も男の妄想力は無限大です。
「……その手があったか!?」
「言っておくが。仮にまつげを抜いておいても、邪な心を抱いた瞬間生えるぞ」
「救いはないんですか!?」
ヤヨイさんの言葉に名案とばかりに反応するものの、即座にリィンベルさんに否定され哲学の扉を開くローマンさん。
今日も日本は平和です。
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「盆踊りをしよう」
「……」
一方高天原。
例によって他人から影響されやすいアマテラス様が放った一言に、ツクヨミ様は悟りを開いたような諦めの境地で自分の姉を眺めています。
「何かもうつっこむのも面倒くさいので一つだけ言いますが、母上が黄泉から帰って来ることになりますがよろしいですか?」
「よし! やめよう!」
実母が黄泉帰って来ると言われて即座に前言撤回するアマテラス様。
イザナミ様本神に聞かれたらお説教待ったなしです。
「大体盆踊りは仏教の催しでしょう。まあこの国で仏教だの神道だの分けるのも今更ですが」
「えー、でも盆踊りって日本独自のものだし、踊り念仏の起源には古来の雨乞いとかも関係あるでしょ。……そうだ! ミズハっちを奉るお祭りを開催しよう!」
「それミヅハノメ様に聞かれたらまたしばかれますよ」
どうやら本当にしばかれまくったらしいのに、まったく懲りた様子のないアマテラス様。
そしてツクヨミ様はカグツチ様にはタメ口なのに、ミヅハノメ様には敬語なあたり、両者の力関係がよく分かります。
安定のシスコンなのかそれともやはりロリに弱いのか。どちらなのかによってツクヨミ様の評判に天地の差が発生します。
今日も高天原は平和です。