シリアスは投げ捨てるもの
活動報告にて書籍化の追加情報あり。
またこの話の一番下には……。
ケロス共和国。
肥沃な大地に恵まれ大陸の食糧生産の多くを担っていたこの国は、それ故に各国による侵攻を受けた。
そしてその結果起きたのは、生産力の低下と大飢饉。有史以来最悪と言って良い人災。
しかしそれはケロスにとってチャンスでもあった。
食料の輸出を条件に他国を味方に付ける。自国の人間の何割かを餓死させたその政策は、非道ではあるが限りなく最善手には違いなかった。
特に当時周辺各国の中でも有数の大国であったガルディアを味方に付けたのは大きかった。
ケロスから略奪を成すならばガルディアとの敵対は避けられない。
割に合わない。故に各国は渋々とケロス共和国の意図に乗るしかなかったのである。
「我が国を害するならば、我が国諸共飢えて死ぬ覚悟をしろ」
脅迫めいて自爆めいたどうしようもない恫喝。
そんなものでケロスは平和を築いた。他国の民はもちろん、自国の民すら人質にして。
そして一度「お約束」ができてしまえば、あとは簡単だ。
ケロスに侵攻しようとすれば、ケロスが手を出すまでもなく他の国に滅ぼされる。かつての大飢饉を再び起こさないためにと、各国から袋叩き。
そうしてケロスは中立という立場を手に入れた。
食という人間には絶対不可欠なものを盾に、他国の軍事力を矛にして、永世の平和を得たのだ。
果てなく続けよこの平和。
それ自体は素晴らしい祈りだったのだろう。
しかし富んだ環境が富んだ人間を生み出すとは限らない。
豊かさに慣れた故に卑しい人格を形成する者も現れる。
ケロス共和国の西に位置するフィト村。
今その村を訪れている役人も、正にそういった類の人種であった。
・
・
・
「一緒に来てもらおうか。デメテルの巫女殿」
肥えて風船のような体を揺らして笑う男。その男を見やりアスカはため息をついた。
ケロス共和国軍の将の一人。なるほど中々に大層な肩書をひっさげてフィト村を訪れた男は、しかし見た目通りの小者だろう。あるいは平和に溺れ機能不全を起こした軍という群の象徴か。
金か、家柄か。そんな己の能力とは関係のない力でこの男は成り上がったのだろう。
心得の無いアスカでも、不意を衝けば無力化できそうなほどに男からは武の臭いがしなかった。それこそ、アテナの加護などいらないのでは無いかと思わせるほどに。
だがそんな小者のいう事を、聞かざるを得ない状況へとアスカは追い込まれていた。
「私はデメテルの巫女なんてものになった覚えは無いです」
自分が巫女だとするならば、仕えるのはスクナヒコナ様だろう。そんなことを思いながら、アスカは周囲に視線を走らせる。
見えるのは、それなりに大きな村を埋めるように立ち並ぶ人。人。人。
それが旅人や観光客の類ならば村をあげてもてなしていたのだろうが、今この場に居るのは招かれざる客人。
剣と鎧で武装した兵士たちが、感情を殺した表情で案山子のように並んでいた。
「ふん。下らん問答をする気は無いぞ。従わなければ……分かるだろう?」
「……」
下種な笑みを浮かべて言う男に、アスカは肩に座るスクナヒコナと目を合わせため息をついた。
確かにこの脅しは今アスカを従わせるには効果的だろう。だがその後の事を考えているのだろうか。
否。考えていないのだろう。
明石アスカという少女は、ケロス共和国にとって国の地盤を強固なものにする神の御使いであると同時に、この国の存在意義を揺るがしかねない凶星なのだから。
「……分かりました」
「アスカ!?」
アスカの言葉に、それまで心配そうに事の成り行きを見守っていたサロスが叫んだ。
「何でだよ! こんな連中おまえとスクナヒコナなら!」
「それでみんなが傷つくのを見過ごせと?」
「ッ……」
静かに漏れた呟きにサロスは言葉をつまらせた。
ああ確かに、アテナの加護を受けたアスカならば、この程度の雑兵の群れなど蹴散らしてしまえるだろう。
だがその間に、一体何人の村人が殺される。
いや、そんなことをしなくても、一人人質を取られてしまえばそこで終わりだ。
実際にそんなことになれば男も終わりだろうが、男は小者な上に馬鹿だった。
確実に自らを破滅へ誘うその悪手を選ぶだろう。そしてアスカはそんな自滅に付き合う気はさらさら無かった。
「大丈夫。ちゃんと帰ってくるから」
微笑んで言うアスカにサロスは何も言えなかった。
ただ悔しそうに唇を噛み、無力な己を呪うように首を垂れる。
ああ仕様がない子だとアスカは思う。
そう悲観しなくても、今の状況はそれほど悪いものではないのだ。
このまま中央に連れていかれても、まともな人間が居るならばアスカとフィト村の安全は保障される。
機嫌を損ねて出ていかれたら終わると、理解している人間の庇護を得られればそれで終わりだ。
仮にそんな人間が居ないほどこの国が腐っているのなら、アテナの加護にモノを言わせてガルディアあたりにでも亡命すればいい。
――その結果ケロス共和国が滅びるとしても。
・
・
・
「あら可愛い! この方が噂のスクナヒコナ様ね!」
『……は?』
突如響き渡ったテノールに、その場にいた人たちは一斉に間の抜けた声を漏らしました。
いつの間に現れたのか、見上げるほどの大男がアスカさんの前で屈んでスクナヒコナ様を興味深そうに見つめていたのです。
「それでスクナヒコナ様を肩に乗せてる貴女がアスカちゃんね。初めまして。私は貴女と同じ日本人の国生ユウキっていうの」
そう言ってバチコーンとウィンクするオネエ。
それを見てサロスくんと兵士たちが一斉にドン引きました。
「おお、やっと来たか。俺もおまえの噂は聞いてるぞユウキ」
「あら? 神様に噂されるだなんて。私何かやっちゃったかしら」
そして周囲の反応も気にした様子もなく、気軽に会話するオネエとスクナヒコナ様。
何かやったかと言えば、神様たちが頭抱えたり爆笑したりするくらいやらかしまくってるのがオネエなのですが、本人には自覚が無いようです。
「な、何だ貴様は!?」
「さっきこの子に言ったじゃない。ああ、でもあなたみたいなのには別の自己紹介が必要かしら」
そう言うとオネエは踵を返し、アスカさんたちを守るように男の前に立ちはだかります。
「メルディア王国近衛騎士団副団長ユウキ・コクショウ。それとも、竜殺しとでも名乗った方が通りは良いのかしら?」
「な……メルディアの鬼人!?」
オネエの名乗りに無表情だった兵士たちも困惑を露にして狼狽えます。
ドラゴン。
超越者とも言えるその存在を、魔術も魔具も用いず打倒した男。
故に鬼人。魔的な力を必要とせず、己の力のみで最強となった鬼の化身がオネエなのです。
「さて、それで随分と大人げないことをしているみたいだけど?」
「くッ、それがどうした! 貴様がメルディアの騎士だと言うのならば、この場で手だしなどできまい。我が国を敵に回し、生き残れると思うな!」
「あら、そんなことを言うなんて。本当にこの子の価値が分かって無いのね」
スクナヒコナ様が座っているのとは反対のアスカさんの肩を叩きながら、オネエは呆れたように言います。
「この子のおかげで生産量がはねあがったから、国中で同じことをさせるために連れて行こうとしてるんでしょう。ならここで私がこの子をメルディアに連れて帰って同じことをしたら、どうなるかも考えつかないのかしら」
「な……に?」
オネエに言われてようやくその事に気付いたのか、男の顔が徐々に青ざめていきます。
食料を各国に輸出して中立を保つケロス。
ならばもしケロス以外に食料を各国に輸出できる国が現れたら、ケロスの立場はどうなるでしょうか。
「メルディアだけなら微妙だけど、ガルディアも巻き込めば二大国の一人勝ちね。さて、じゃあ残りの国はどちらにつくかしら?」
「ぐぬう」
ガルディア王国とメルディア王国。この姉妹国が手を組んだだけで、他の各国と渡り合えるほどの国力と軍事力を持っています。
そこに現在のケロス共和国並とはいかずとも、それに近い食料生産力を手に入れたらどうなるか。
鬼に金棒です。オネエに聖剣(鈍器)です。
日本人のせいで大陸の南地方が統一されてしまいます。
「別に私だって戦争起こしたいわけじゃないのよ。どうすればお互いにとって最良か……分かるわよね?」
「……」
にっこりと笑って言うオネエに、男は脂汗を流して徐々に後ずさり始めました。
どうやら事態を飲み込んだ以上に、オネエのヤバさに気付いたようです。
このままでは自分は終わると(性的な意味で)
「て、撤退。撤退だ! 貴様ら俺の尻を守れ!」
「失礼ね! あんたみたいなガマガエル趣味じゃないわよ!」
趣味だったらやるきだったのか。
そんな疑問が浮かびましたが誰もつっこめません。
「趣味だったらやっちゃうんですか?」
「聞きやがった!?」
しかし同郷の気安さゆえか、アスカさんが声に出しちゃいました。
これにはサロスくんも全力でつっこみます。
「そうねえ……そこの男の子なんかは可愛らしくて中々だけど」
「!?」
オネエにロックオンされアスカさんの後ろに隠れるサロスくん。
情けない姿ですが、男の尊厳がかかっているので仕方ありません。
「ノンケでも食っちまうんですか!?」
「そうねえ。無理やりは嫌いなんだけど、怯えた表情も中々……」
しかし盾にしたのはその手の事に興味津々なお年頃だったようです。
目を輝かせながらオネエの話を聞くアスカさん。このままではサロスくんが餌食になりかねません。
「どうも初めましてスクナヒコナ様。私は曽我ジュウゾウと申します」
「おお、おまえが噂の料理人か。期待してるぜ」
そしてそんなカオスを尻目に、のんびりと現れてスクナヒコナ様に挨拶をするジュウゾウさん。
今日も異世界は平和です。




