絶望した! シリアス注意という警告を当然のように書いていた自分に絶望した!
首相官邸。
日本の総理が執務を行う拠点ともいえるその場所に、幾人かの人間が集まっている。
閣議ではない。閣議であるならばその場に居るのは総理が任命した内務大臣たちであっただろう。
しかしその場に集まっている人間の中で、国務大臣である人間。それどころか純粋な日本人は二人しかいなかった。
「なるほど。つまりのグライオスさんたちの居た大陸は大きく三つの地域に分かれており、その中心にあるのがドワーフ王国なわけですね」
そのうちの一人。内閣総理大臣である安達は、異世界の地理や国際情勢を聞き納得したように頷いた。
異世界。
本来ならば与太話の類であり、仮に実在しても国が真面目に取り組むような問題ではないそれ。
しかし近年の異世界召喚の増加と、それに伴う召喚返しによって異世界への理解は急務と言っていい問題となっていた。
そしてその問題の研究のために、首相官邸へと呼び出されたのは三人の異世界人。
「うむ。大陸の中心には竜王山という竜の棲む山があってな。周囲の山脈を越えるのは自殺行為である故に、ドワーフたちの地下道が唯一の道となっておるのだ。しかしこのドワーフ共が頑固でなあ。我がフィッツガルド帝国も、ドワーフどもが頷けば更に版図を広げられたであろうに」
「まあ。もしそうなっていたら、ガルディア王国もフィッツガルドの属国になっていたのでしょうか」
そのうちの一人であるグライオスが、いかにも残念そうに語る。
しかしそれも今となっては性質の悪い冗談でしかない。それを理解して、もう一人の異世界人であるシーナも微笑みを浮かべながら返す。
「でも確かに。大陸の北がフィッツガルド帝国の下である程度の平穏を得ているのに対し、南東部はガルディアとメルディアの姉妹王国が台頭しているとはいえ、多くの小国家群があり常に戦乱の火種をはらんでいます」
「そして残りの西はパシオン王国を初めとした国々がありますが、海を隔てた西には魔族たちの棲む魔界が存在し、そちらに対処するために各国は同盟を結び団結しています」
まあ一番物騒な地域ですね。
そう付け加えるとこの場にいる最後の異世界人であるローマンは肩を竦めて見せた。
「なるほど。ならもし異世界とコンタクトがとれるなら、最初はフィッツガルドに話をつけるといいわけだな」
そしてその言葉を受けて、この場に居るもう一人の日本人――柳楽がニヤリと笑って言った。
柳楽は安達よりも少し年長の政治家であり、前総理大臣が辞任し安達が後任に就いてからは彼に代わり外務大臣を務めている。
安達が敵を自分でも気づかない内に破滅させる策士なら、柳楽は正面から挑み叩き潰す喧嘩屋だ。
その分かりやすい姿勢のためか国民からの支持は意外に高く、諸外国からの評価も高い。
そんな柳楽だからこそ、こうしてわざわざ首相官邸に異世界人たちを呼びよせて話をしているのだ。
残りのメンバーだけならば、休みの日にでも安達邸で話はできるのだから。
「いえ。私がこちらに来た時と情勢が変わっていないのであれば、最初に接触すべきはガルディア王国でしょう」
そしてそんな柳楽の言葉に反論したのは、意外にもローマンであった。
「今のフィッツガルドはとても一枚岩と呼べる状態ではなく、皇帝の力を削ぐ機会を虎視眈々と狙う者たちが潜んでいます。内乱とはいかずとも、国を揺るがす政変がいつ起きても不思議ではありません」
「なんだ。もうワシが居なくなり随分と経つというのに、愚息は未だ国内を掌握できておらんのか」
「ええ。何せグライオス陛下に頭を押さえられていた連中が、はしゃぐのを我慢できない子供のようにうずうずしていますから。むしろ陛下が失踪しても国を保てたことを誉めるべきかと」
不満そうに言うグライオス。それにローマンは苦笑しながら返すと、改めて異世界の――己の世界の地図を見やる。
「なるほど。今のフィッツガルドがやばいというのは分かった。なら何でガルディアなんだ? こっちから召喚された利根川アサヒって娘が王家に嫁入りしたらしいが、それだけだろう」
「確かにそれだけですが。それこそが重要なのです」
訝し気に言う柳楽。それにローマンは頷くと、しかし自信に満ちた声で言った。
「ガルディアの王妃ですが、女性の身でありながら政治に明るく、王が不調で政務に関われなかった期間を見事に乗り切っています。王が政務に復帰してからも様々な政策を打ち出し、口さがない者の間では『ガルディア王の最大の功績は王妃を娶った事だ』と言われている程です」
「ほう。そんなに優秀なのかい。そんならこっちで政治家になってくれれば良かったんだがな」
アサヒの評価を聞き勿体ないと言う柳楽だが、彼女が活躍できているのはある程度我侭の通る王妃という立場故であり政治家には向いていない。本人もそれを自覚しており、頼まれてもなりはしないだろう。
もっとも、向いて無くてもキレた勢いで何とかしてしまいそうなのが利根川アサヒという女性なのだが。
「日本人であり国のトップに近く実績もある。なるほど。異世界に足がかりを作るなら、利根川さんに交渉を持ちかけるのが良さそうですね」
そう結論付け頷く安達。もしアサヒ本人が聞いたなら「そんなどでかい問題私に持ち込まないでくれませんかね!?」と今の自分の立場も忘れてキレることだろう。
自分が王妃になっても自国の総理大臣には絶対に敬語。いくら地位が上がっても小市民な日本人の見本である。
「まあ、もっとも肝心の異世界にコンタクトを取る方法がまったく分からないわけだがな」
「……確かに」
そう言って笑う柳楽。それにつられるように、それまで真剣に話をしていた面々も力を抜き吐息をつく。
「その辺りはエルテに期待であるな」
「異世界の門を開けるとしたら、召喚術を修めている彼女だけですからね」
「でもあまり無理はさせたくないです。いつも眠そうにしてるのは学校の勉強のせいだけではないでしょうし」
「体調を崩さないように、私たちでも気をつけるとしましょうか」
そして和やかな雰囲気でここには居ない少女の話に興じる安達家の面々。そんな彼らを見て柳楽は朗らかに笑う。
「まったく仲がいいねえ。安達さんも幸せもんだ」
今日も日本は平和です。
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一方高天原。
「姉上。仮に彼らが異世界に干渉できるようになったらどう対処するのですか?」
「え、何もしないよ?」
弟であるツクヨミ様からの問いに、アマテラス様は何言ってんのとばかりに即答しました。
「……良いのですか? 世界間のバランスが崩れるかもしれませんよ?」
「そんな簡単に崩れるほど世界は脆くないでしょ。それに、その時のために私たちが居るんだし」
「それはそうですが……」
納得ができず眉をひそめるツクヨミ様。そんなツクヨミ様に、アマテラス様は自身の神格を象徴するような笑みを浮かべます。
「第一止めても無駄だと思うんだ。人間は知恵をつけ、海を渡り、空を飛び、宇宙にだって飛び出した。異世界への進出だって、きっとそれと一緒なんだよ。だから、私たちが止めるようなことじゃない」
そして神は人を見守り導く存在ではあっても、管理する存在ではない。
そう言ってアマテラス様は笑います。
「……他の神々が納得しますか?」
「ゼウスあたりは納得するんじゃない? オーディンとかは渋りそうだけど、トールにあんだけ好き勝手させてるんだから最後には折れるだろうし。案外他の神族も『面白そうだ』って乗ってきそうだけど」
「……」
ありそうだ。
そう納得してしまい遠い目をするツクヨミ様。神様は基本的におもろい事が大好きなのです。
「まあ実際にそうなるまでにはまだまだ時間が必要だろうし。のんびりと見守ろうよ」
「……そうですね」
珍しく何か頼りになりそうな雰囲気なアマテラス様に違和感を覚えながらも頷くツクヨミ様。
今日も高天原は平和です。