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卵ご飯を焼くのがうちだけだと知ったときの衝撃


 ――パンッパンッ。


「……?」


 日が昇るのが遅くなってきた秋の朝。

 洗面所で身支度を整えようとエルテさんが廊下を歩いていると、お座敷から手を打つ音が聞こえてきました。


「リィンベルさんと……ナタンさん?」


 気になって覗いてみれば、そこには背筋を伸ばし綺麗な姿勢で礼をするダークエルフと神官の姿が。

 壮絶に座敷に似合わない二人組です。異世界人なんだから似合わないの当然だろと言われそうですが、同じ異世界人でもヤヨイさんとかは似合うはずです。

 主にコタツとかが。


「って、いけない遅刻する!?」


 何をしているのかと疑問に思ったものの、現役中学生なエルテさんの朝に無駄な時間は一分たりともありません。

 全ては布団が悪いのです。



「ああ、神棚のことですね」


 そして時刻は変わり夕食後。

 リィンベルさんたちの朝の行動が気になったエルテさんは、お父さんこと安達くんに聞いてみました。

 本人たちに聞かずに安達くんに聞くあたり、徐々に遠慮が無くなり甘えてきているようです。


「小さな神社みたいなものですね。意識している人は少ないでしょうが、殆どの家にはあるのではないでしょうか」


 因みに作者の家にも神棚はありますが、その神棚に祀られているのはどの家庭でもほぼ間違いなくアマテラス様だということを知ったのはつい最近だったりします。

 慌てて神棚に向かって二礼二拍手一礼したのは言うまでもありません。神棚の向こうでアマテラス様が良い笑顔でサムズアップしていたのは多分幻覚です。


「じゃあアマテラス様は本当に皆を見守ってくれてるんですね」

「そうですね。エルテさんも時間があればお参りしてみてください。作法などは二の次で、気持ちがこもっていれば良いですから」

「はい。明日からやってみます」


 そういってほほ笑み合うほのぼの親子。

 今日も日本は平和です。



「じゃあな店主! 今日も美味かったぞ!」

「はい。またのご来店をお待ちしております」


 ドワーフ王国のとある食堂。

 昼のラッシュ最後の客を見送り息をついているのは、日本人な料理人ジュウゾウさんです。


「食べる量もだけど、やっぱり酒の消費が多いな。水みたいに飲んでるのに、何で泥酔する人は居ないんだ」


 ドワーフたちの食事量と飲酒量を見て困ったように言うジュウゾウさんですが、その顔には笑みが浮かんでいます。

 何だかんだと言っても、お客さんが美味しそうに食べてくれるのがジュウゾウさんにとっては何よりの報酬なのです。


 ――チリンチリン。


「ん? いらっしゃいませ!」


 店の扉に付けられた鈴が鳴り、ジュウゾウさんは厨房から顔を出して声をあげます。

 もう昼食の時間は過ぎたというのに珍しい。そう思いながら視線を向けた先には、旅用の外套を頭までかぶった小柄な、しかしドワーフよりは背の高い人影が一つ。


「あ……すいません。休業中でしたか?」

「いえいえ。ちゃんと営業してますよ。テーブル席はまだ片付いておりませんので、カウンターへどうぞ」

「あ、はい」


 ジュウゾウさんの言葉を聞きホッとする様子を見せる客。

 しかしその客が外套を脱いだ姿を見て、ジュウゾウさんは知らず息を飲みました。


「……日本人?」


 黒い髪。それだけなら異世界でも見かけますが、目や肌の色は異世界では見かけず、しかし故郷では見慣れたそれでした。

 そしてそんなジュウゾウさんの反応を見て、客の方も安心したように微笑みます。


「やっぱり貴方も日本人なんですね。私は利根川アサヒと申します。今は南のガルディア王国のお世話になっています」

「……私は曽我ジュウゾウといいます。いや、日本人がこちらに居るという話は聞きましたが、まさかお会いできるとは」


 やってきたお客さんは、まさかのキレ系王妃様でした。

 相手が年上の日本人という事もあってか、見事に猫をかぶっています。王様が見たら笑い転げるに違いありません。


「お恥ずかしい話ですが、ドワーフ王国に日本人の料理人が居ると聞いていてもたってもいられず。ここでなら、故郷の味に出会えるのではないかと」

「なるほど。ではご注文は『故郷の料理』ですね?」


 食い意地がはってると思われるのが嫌なのか、本当に恥ずかしそうに言うアサヒさんに、ジュウゾウさんは苦笑しながら返します。


「では少々お待ちください」


 そう言ってジュウゾウさんは厨房に向かいながら考えます。

 さてどんな料理を出すべきかと。



「お待たせしました」

「これは……」


 しばらくして出てきた料理。それを見てアサヒさんは驚いたように目を丸くします。


「味噌汁!? こちらに味噌はあったんですか!?」

「ええ。ホムラという国では割と一般的なものらしく、お得意さんの商人に頼んで手に入れました。もっとも、こちらでは主におかずとして食べられていて、味噌汁はあまり普及していないそうですが」


 意外かもしれませんが、味噌というのはそれなりに高級品であり、味噌汁として使用されるようになったのは武家社会が発展した鎌倉時代あたりからだったりします。

 自家製の味噌が作られるようになってからその動きは加速し、次第に各家庭で味噌汁が飲まれるのが当たり前になっていったのです。


「それにこちらは……タイ米みたいですけど」

「こちらの米はインディカ米に近いみたいですね。タイ米も確か分類上はインディカ米のはずです」


 味噌汁の横に並べられたご飯を見て、少し嫌そうな顔をするアサヒさん。その理由を察してジュウゾウさんも苦笑いを浮かべます。


 かつて米不足になったとき、日本米に代わり大量に輸入されたのがタイ米でした。しかし従来の日本米とは異なるタイ米の評判は悪く、タイ米=不味いという認識を持っている人も多いはずです。

 もっとも、それにはある誤解もあるのですが。


「まあ騙されたと思って食べてみてください。卵と醤油もありますから」

「……じゃあ失礼して」


 ジュウゾウさんの言葉に従い、生卵と醤油をご飯にかけるアサヒさん。

 因みに卵かけご飯は衛生管理のしっかりした日本だからこそできることであり、外国などでやるとサルモネラ菌などが割とマジで洒落にならないので気をつけましょう。

 ジョッキに生卵割りまくって飲むなんてもってのほかです。というか何であんなものが飲めるんだ。


「……これは!?」

「どうです。日本米とは違いますが美味しいでしょう」


 玉子と醤油がのったご飯を一口食べ、目を見開くアサヒさん。

 タイ米は不味いと日本人に思われていますが、その原因の一つは正確な調理方法が伝わらなかったせいだったりします。

 タイ米は大量の水で茹でた後に蒸すものなのですが、多くの人は日本米と同じように炊飯器で炊いてしまっていたのです。昨今では正しい調理法も知られるようになり、タイ米を再評価する声もあがってきています。

 皆さんもタイ米を手に入れる機会があったら、是非とも正しい調理法でいただいてみてください。


「それに味噌汁……。ああ懐かしい。日本にいる時はそんなに頻繁に飲んでたわけでもないのに」


 普段意識していないのに、外国に行ったら何故か味噌汁が飲みたくなる。日本人の遺伝子には、もはや味噌汁が深く刻み込まれているのかもしれません。


「ご満足いただけましたか?」

「……はい」


 結局ご飯と味噌汁を二回おかわりし、アサヒさんはようやく箸を止めました。

 いつもの仏頂面が嘘のように満面の笑みです。王様が居たら嫉妬でジュウゾウさんの命が危ないレベルです。


「今回は日本らしい料理という事で質素になってしまいましたが、洋食の類ならちょっとこったものでも対応できますよ。今度来られるときは是非とも」

「はい。絶対にまた来ます」


 そう断言し、笑顔のまま店を後にするアサヒさん。

 それをジュウゾウさんも笑顔で見送ると、少し気が抜けたように息をつきました。


「……王妃様に卵かけご飯は無かったかな? でも日本人だしなあ」


 ガルディア王国のアサヒさん。

 その言葉だけで実はアサヒさんの正体を察していたジュウゾウさんでした。


 今日も異世界は平和です。


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