名前の難しい人は乱とか起こさないでください
「……徳川綱吉ってどの徳川さんですか?」
何の変哲もない中学校。そんな中学校の教室で机に突っ伏しているのは、異世界人にして召喚師見習いであり現役中学生なエルテさんです。
義務教育から逃げられずこうして学校に通っているエルテさんですが、召喚師として勉学に励んでいただけありそれなりに教養はあります。
しかしある程度応用のきく理系科目はともかく、まったく予備知識のない社会科系科目には日々苦戦しています。もう将軍は順番に次郎とか三郎とか名乗れよというレベルです。
「大丈夫エルテ? 因みに徳川綱吉は生類憐れみの令って悪法をやらかした将軍様だよ。鎖国で有名な三代将軍家光の息子で、治世の前半は善政を敷いたと言われているけど後半はさっきも言ったように生類憐みの令などの……」
「おーい、そんな一気に言ったらエルテさんパンクするから」
そんなエルテさんの周りに集まってくる同級生たち。どうやら異世界人ながらも、クラスには馴染んでいるようです。
因みに悪法と言われている生類憐みの令ですが、当初は「命を大事にしましょう」程度の精神的なお触れでした。しかしあまりに皆が無視しまくるので、綱吉さんがムキになって何度もお触れを出し直しちゃったのです。
捨て子を禁止するなどの良い面もあり、綱吉の死後に撤廃されてもそういった良い面は残されたそうです。
「というか何でこの国の義務教育はこんな無駄にレベルが高いんですか。魔術師でもないのに四則演算とか何に使うんですか」
「むしろ四則演算使うのか魔術師」
日本は世界でも有数の教育制度が行き届いた国であり、世界でも珍しい識字率ほぼ100%という凄いんだけど何かあんま凄い気がしない水準を誇っています。
因みに日本の識字率が高いのは数百年規模のことであり、江戸時代の時点で庶民層に限定してもその割合は五割を越え、江戸のお膝元に限定すれば九割を越えていたそうです。
これは日本特有の寺子屋制度と、日本人の学ぶことに意欲を燃やす勤勉さのためだと言われています。
ついでに地域によっては女性の方が就学率が高かったりもしたそうです。
日本は男尊女卑だとか言われてますが、庶民レベルで言えば割と昔から女性が強いカカア天下です。
亭主元気で留守が良いとか言わないでください。全国のお父さんが泣いてしまいます。
「疲れた時は甘いものだよね。帰りにどっか寄ろうか」
「あ、ごめんなさい。今日はおと……アダチさんが帰ってくるから早めに家に戻りたいので」
「またお父さんって言いかけた」
相変わらず安達くんと養子縁組はしていないエルテさんですが、もう諦めちゃえよという頻度で安達くんをお父さんと呼んじゃってます。
「もう素直にお父さんって呼んだら? 養子じゃなくても後見人って保護者で親みたいなもんでしょ?」
「で、でも迷惑かもしれないし」
「むしろ喜ぶんじゃない? 安達総理って奥さん早くに亡くして子供いないらしいし」
「わざわざ授業参観にも来てたしね」
「うぅ……」
口々に言われて言葉につまるエルテさん。どうやら自分でも潮時だと思い始めていたようです。
「……うん。今日帰ったら呼んでみます」
「がんばれー」
ようやく観念したエルテさんと、無責任な応援をする同級生たち。
そして安達くんが帰ってくるなり「おかえりお父さん」と言ってみたエルテさんですが、当の安達くんには「はい、ただいま」と当然のように受け入れられ、リィンベルさんとかグライオスさんがニヤニヤしてるのに気づき一人悶絶するのでした。
今日も日本は平和です。
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とある小さな村。
メルディア王国とガルディア王国の国境にあるこの村は、度々その所属が変わり村長さんが翻弄されている村なのですが、村人たちは「国籍変わるの? あっそう」と割と平然と暮らしています。
中世封建制社会の庶民の認識なんてそんなものです。ぶっちゃけ明日の暮らしが保証されていれば、国とかどうでも良いのです。
「せんせーい。ここの計算が合いません!」
「んー、どれどれ」
そしてそんな村で、子供たち相手に教鞭をふるっている物好きな教師が一人。
名は明智リョウコさん。何か知らない間に異世界に迷い込み、何かよくわからないうちに村の先生になっちゃった日本人です。
「先生練習問題終わったぜ!」
「もうできたの? 早いね」
「へへ。家でもやってるからな。エリクには負けてられないぜ」
そしてリョウコさんが教えている生徒の中には、成人に近い人たちも何人か混じっています。
これはリョウコさんに簡単な読み書き算術を教わったエリクという青年が、出稼ぎ先でとある商家に雇い入れられ思わぬ出世を果たしてしまったからです。
現代日本人にはピンとこないかもしれませんが、読み書きができるというのはそれだけで技能の一つとして認められることなのです。
なので日本に来た外国人の一部は、新聞を読んでいるホームレスを見て「何故彼らは働き口が無いんだ?」と首を傾げるそうです。
「本当、先生のおかげで働き先が広がったよな」
「前は出稼ぎに行っても生活に手いっぱいで、殆ど仕送りとかできなかったのにな」
「まったく先生には頭が上がらないぜ」
そう言って生徒たちはリョウコさんの方へと視線を向け、そしてゆっくりと下ろしていきます。
「……小さいけどな」
「……小さいよな」
「……子供に混じってても違和感ないよな」
そう。リョウコさんは日本人の平均からしてもかなり小柄であり、発育の良い異世界の子供たちに混ざると見た目が馴染んで判別不可能なほどです。
しかし日本に居た時から子供扱いされていた程ちみっこなリョウコさんに、小さいは禁句です。
「……あなたたち三人宿題三倍ね」
「酷い!?」
「横暴だ!?」
報復に宿題を増やすリョウコさん。今日も異世界は平和です。




