女ドワーフはロリっ娘という風潮
ドワーフ王国。
大陸の西部に位置するこの王国はその大半が山脈をくりぬいた地下にあり、山道を越えることなく安全に旅ができることから商人や冒険者といった他国の人間の出入りも多い。
そんな人の出入りの多い国であるドワーフ王国だが、反面この国に定住する人間は皆無と言っていいほど居ない。
何故ならこの国は名前の通りドワーフたちの国であり、気難しい彼らに仲間と認められ国民として迎え入れられることが竜退治より困難とされるためだ。
そんなドワーフ王国に、最近正式に国民と認められた人間が現れた。
名は曽我ジュウゾウ。様々な食材と料理の集まるドワーフ王国において「それ食べるもんじゃないから!?」と言われるものや「魔改造しすぎて原型留めてねえじゃねえか!?」と言われる料理を生み出し続ける、日本人の見本のような料理人である。
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ドワーフ王国東の街道。大国フィッツガルドへと通じる街道の入り口にその料理店はあります。
「おーい、店主! おかわりだ! 大盛りでな!」
「はい、ただいま!」
地下という事もあり石材を用いた建築物の多いドワーフ王国の中では珍しい、木造の小さな店。昼時とあり多くのドワーフたちで賑わうその店の厨房で鍋を振っているのは、見た目三十路くらいの男性です。
特徴が無いのが特徴といった感じの温和な顔立ちの男性ですが、鍋を振っている今の表情は真剣そのものです。
「こんにちはジュウゾウ。約束通り来たよ」
そんな忙しそうなジュウゾウさんに、年若い女性の声がかけられます。
「ああ、バーラさんか。いらっしゃい」
ジュウゾウさんが視線を向ければ、そこにはカウンターに手をついて背伸びしながらこちらを見てくる小柄な女性が一人。
ドワーフ族の女性で名はバーラ。ジュウゾウさんがこの店を開くにあたりお世話になった大工の娘さんです。
「今はまだお客さんが多いから、少し待っててくれますか。なんなら一品くらいご馳走しますよ」
「本当かい? ならこの間作ってくれたナポリタンってのを頼むよ。豚の腸詰は多めでね」
「かしこまりました」
丁寧に返事をするジュウゾウさんにニカッと花が咲くように笑うバーラさん。
気立てが良く料理上手で他の男たちからの人気も高いバーラさん。そのバーラさんがジュウゾウさんの店に来るのは、ある意味重要な依頼をされているからです。
「お待たせしました。ナポリタンです」
「ありがとう。さて、じゃあのんびり食べながら待たせてもらうかね」
そう言ってフォークを手に取り、赤く染まった麺料理にとりかかるバーラさん。
因みにナポリタンは完全に日本人の創作料理であり、イタリア人に見せたら「これのどこがナポリやねん!?」とつっこみをくらうので気を付けましょう。
パスタにケチャップぶちまけても良いじゃない。日本人だもの。
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「それで、今日の新作料理はなんだい?」
「ちょっと待ってください。仕込みは終わってますので」
昼食の時間が過ぎ客足を落ち着いてきた午後。カウンター席に腰かけたバーラさんの期待するような言葉に、ジュウゾウさんは苦笑しながら料理を始めます。
バーラさんがジュウゾウさんから受けている依頼。それはお店に新しく出す料理の試食だったりします。
ジュウゾウさん自身料理に厳しいこともあり、不味いものは出さないと誓っていますが、何せ相手は異世界人。しかも大多数がドワーフです。味覚は当然違いますし、食文化の違いから忌避される食材だってあります。
そういった問題をクリアするために、ジュウゾウさんは異世界の知り合いの中でも一番料理が上手くて舌に信頼を持てるバーラさんに試食をお願いしているのです。
「お待たせしました。グラタンコロッケとカレーコロッケです」
そうして出てきたのは、日本人にはお馴染みなコロッケでした。
その元はフランス料理のクロケットとされ、魔改造されすぎてもう別の料理だろコレな洋食筆頭だったりします。
「グラタンコロッケは名前で何となく予想がつくけど、カレー? アンタこの前カレーを作りたくても材料が足りないってぼやいてなかったっけ?」
「よく覚えてますね。いや、最近お得意さんになってくれた商人に頼んでスパイスの類を探してもらったんですけどね、その甲斐あってカレーらしきものは作れたんですが、私の知っているカレーを再現するにはどうにも何かが足りなくて。
まあでも足りないなりに何かに使えないかと考えて、悪戦苦闘した結果がこのカレー風味のコロッケです」
「はあ、なるほどねえ。まあ私はそのカレーとやらを食べたことないから、カレー風味と言われても味が予想つかないんだけど」
原型を留めてない料理筆頭その2なカレーですが、実はカレーというのはインドの煮込み料理に外国人が勝手に付けた総称であり、インドにカレーという名前の料理は存在しなかったりします。
ついでにその原型留めてない日本のカレーが妙にキトキトしてるのは、昔はカレーを箸で食べていたため食べやすくするためだったそうです。
カレーライスに箸と考えるとミスマッチな気もしますが、カレーライスではなくカレー丼だと認識すれば何の問題もありません。
日本人は何でもご飯に乗せたがるからね。仕方ないね。
「さてグラタンコロッケは……うん、こりゃ意外に合うね。でも私はもっと味が濃い方が好みかな?」
「グラタンはレシピそのまま使いましたからね。やはりコロッケに合わせて変えるべきでしょうか」
「いや、十分美味いよ。味の濃さは私の好みの話だし、コロッケ用のグラタン別に作ったら手間がかかるだろ。この店はジュウゾウ一人でやってんだから、あんま手間は増やさない方が良いよ」
「なるほど」
「あとはもっと肉が欲しいね。玉ねぎも中々いい味だしてるけど、やっぱ肉がないと」
「はいはい。ドワーフの人はそればっかりですね」
「そりゃあもう。肉食わなきゃ力が出ないからね私たちは」
苦笑するジュウゾウさんに笑って返すバーラさん。
「そんで次は……うん。こりゃちょっと辛いね。でも嫌な辛さじゃない」
続いてカレーコロッケを咀嚼すると、良く味わうように口を動かすバーラさん。
「不味くはない……けど味が辛さに負けてるね。もっと味付け濃くした方が良いよ。今度は私の趣味じゃなくて本気で」
今度は少し残念そうな、物足りないといった表情で言うバーラさん。それを予想していたのか、ジュウゾウさんも眉を下げながら返します。
「やっぱりですか。いや私も色々試したんですが、どうにもバランスよくいかなくて。流石にスパイスの調合は専門外ですからね」
「その割にはまあ食えるもんにはなってるよ。けど店で出すにはねえ」
一度出して美味くないと思われれば、例え今後改善してももう一度頼んでもらえる可能性は低い。なので完成度が低い料理は出さないというのが二人の共通認識です。
「まあこればかりは舌で確かめて、少しずつ模索していくしかありませんね。あくまで本命はカレーライスの方ですし」
「そのライスも良いのが無いってぼやいてたじゃないか。もしかして見つかったのかい、故郷のそれに近い米が」
「それがまだ。ケロスで新種の米が栽培されてるそうですから、それに期待ですかね」
実はそのケロスで栽培されているのは故郷の米だったりするのですが、流石に一料理人でしかないジュウゾウさんはそこまでの情報は知りません。
しかしこのまま行けば近年の内に日本人のソウルフードであるカレーライスが異世界で再現されるようです。
ドワーフ王国に日本人が結集する日は近い。
「ふーん。まあ私も伝手を使って探してみるよ。そこまでジュウゾウが拘るカレーってのを食べてみたいしね」
「ありがとうございますバーラさん」
「良いって。私が好きでやってんだからさ」
そう言って笑うバーラさんの顔は太陽のようで、人間的な魅力に溢れています。
ああ本当に、惚れそうだなあとジュウゾウさんは思います。もしもバーラさんに――
「おっと、リボンにソースがついた」
――髭が生えていなければ。
「……バーラさんの三つ編み髭お洒落ですよね」
「いきなりなんだい? 照れるじゃないか」
そう言って顎下にまで伸びた髭を撫でるバーラさんは乙女です。髭が無ければ。
今日も異世界は平和です。