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お婆さんが川で洗濯をしていると川の上流からお爺さんがどんぶらこどんぶらこと――

 大陸の東北部に位置するケロス共和国。

 肥沃な大地と水源に恵まれたこの地方は古くから農業地帯として栄え、それらを目当てにした周辺国から幾度も侵攻の脅威に晒されてきた。しかし度重なる戦の果てに収穫量は減少し、ついにはそれが原因となり大陸を大きな飢饉が襲ったのである。

 以来周辺国はケロス共和国への侵攻を禁止する条約を結び、ケロス共和国もまた周辺国に食料を輸出することにより平和的な中立の立場を得ることとなった。


 そんなケロス共和国の西端に位置するフィトという小さな村。

 国境を挟む位置に迷いの森が存在する以外はいたって平凡なその村は、最近になり密かに注目を集めている。

 原因は異様な収穫量の増加。他では見られない新たな農法の数々。そしてそれらをもたらした一人の少女である。



「はあ……。冷たくて良い気持ち」


 村のそばを流れる小川。その水に足をつけてくつろいでいるのは、日本から召喚された女子高生、明石アスカさんです。

 召喚主であるダークエルフと面識すらなかったり、アテナの加護を得たのにまったく戦いに関わることが無かったりと、召喚された役割をまったく果たしていない日本人筆頭だったりします。

 ちなみに戦ってはいませんが、アテナの加護のおかげで通常の三倍の速さで開墾その他諸々の農作業をやりきったりしています。

 人生何がどう作用するか分かりませんね。


「おーい、アスカ! またここに居たのか?」

「あ、サロスくん」


 アスカさんが視線を向けた先には、まだ幼さの残る少年が一人。農作業の帰りなのか鍬を肩に担ぎ、片手には籠をぶら下げています。


「仕事終わったのならさっさと帰れよ。またばっちゃんたちが心配するぞ」

「だって足がパンパンなんだもん。冷やしたら楽になるかなって」

「はあ。まあ良いけど。ばっちゃんたち心配性なんだから、気を付けろよ」


 そう言いつつも視線はアスカさんの生足固定なサロスくん。男の子だから仕方ありません。

 そもそもこの村にはサロスくんに近い年頃の子供が居らず、同年代の異性というのはアスカさんが初めてだったりします。

 もう妄想するなというのが無理な話です。むしろ「このままアスカがこの村に残るなら、結婚相手俺しか居なくね!?」という段階まで進んでいます。


 そしてそんなサロスくんの妄想を、アスカさんは八割がた見抜いて生暖かい目で見守っています。

 同年代と見せかけてアスカさんの方が年上だったりするので、サロスくんの妄想が現実になることはしばらく無いことでしょう。


「ってあれ? 上流から何か流れて……」

「何かって……え?」


 川の上流から流れてきたもの。それを見て二人の動きが止まります。


 ――どんぶらこどんぶらこ。


 童話の一節を思い起こさせるように流れてきたのは、漆塗りの綺麗なお椀でした。

 そして異世界で漆塗りのお椀が流れてくるのもツッコミ所ですが、さらなるツッコミ所がそのお椀に乗っています。


「ちょっ、まっ、意外に流れ速!?」


 そう乗っていました。手の平サイズな小さな少年が。

 ただでさえ不安定なお椀を川の流れに揺らされ、必死にしがみついています。


「……こっちの世界にも一寸法師って居るんだね」

「納得した!? いや待て、俺も初めて見たぞあんな小人!?」

「誰かたっけてー!?」


 そしてその光景を異世界だからと受け入れるアスカさんと、異世界人であるが故につっこむサロスくん。そして必死に助けを求める一寸法師(仮)。

 中々にカオスな光景です。


「はあ、助かった」


 数分後。

 無事救出された一寸法師(仮)が大きく息をつきました。……アスカさんの膝の上で。


「って何でそこに座ったおまえ!?」

「えー、だってオレこの子に用があってきたんだし。この位置の方が話しやすいだろ」


 嫉妬全開でつっこむサロスくんと、何言ってんだおまえとばかりに平然と返す一寸法師(仮)。姿だけ見れば中々に情けない光景です。


「私に用ですか? えっと……」

「おう。そういえばまだ名乗って無かったな。オレの名はスクナビコナ。久しぶりに人前に出るから登場シーンに凝ってみようと思ったんだが、いや死ぬかと思った」

「スクナビコナ様……確か大国主様と国造りをした神様ですよね」

「おお、よく知ってんな。まあサルタヒコのことも知ってたらしいし当然か」


 そう、彼こそがスクナビコナ(少名毘古那、少彦名)。

 葦原中国の王となったオオクニヌシ様の下へやってきて、様々な知識で国造りをサポートした神様です。


「え? 神様? コレが?」

「コレとは何だこのガキ。ぶっ飛ばすぞ」

「誰がガキだチビッ!?」


 スクナビコナ様が神様と聞き半信半疑なサロスくんと、小さな体で胸を張り威嚇するスクナビコナ様。

 どっちも大人げないです。


「えーと、落ち着いてくださいスクナビコナ様。私に用って何ですか?」

「おおそうだった。いや、何。ちょっとこれを届けに来たんだよ。ほれ」


 スクナビコナ様がそう言いながら懐をまさぐると、中から何かを取り出します。

 そしてそれを放り投げるような動作をすると、川辺に重そうな袋が小山ほど出現しました。


「どっから出した!?」

「あ? 細かいこと気にすんなよ」

「わー凄い」


 物理的にあり得ない光景を見てつっこむサロスくんと、あっさり受け入れるアスカさん。

 世の中は心に棚があった方が楽に生きられるので見習いましょう。


「これ中身はなんですか? お米の袋みたいですけど」

「米は米だが種籾だ。何かこっちの世界に来てる日本人たちから『米食わせろ』という祈りが届きまくってるらしくてな。米だけ送るんじゃ後が続かないから、こっちの世界に来てる中で一番向いてそうなおまえに育ててみて欲しいわけだ。

 因みにどれがこっちの土地に合うか分からんから、色んな品種を持ってきてみた」


 相棒であるオオクニヌシ様同様に様々な性質を持つスクナビコナ様ですが、その中には穀物という属性もあります。

 その辺りを踏まえ米の品種選別も含めて今回の仕事を任されたのですが、本人の性格が大雑把なのであまり意味は無かったようです。


「お米は私も食べたかったからありがたいんですけど、異世界に持ち込んで大丈夫なんですか?」

「その辺りはアマテラスとかが交渉したらしいから、オレはよく知らんが大丈夫らしい」


 因みにこの地で信仰されているのは、皆さんもいい加減慣れてきたギリシャの神々です。案の定ゼウス様が前回の野球拳の雪辱を晴らすべく『じゃあ脱げ』という直球な要求をしてきましたが『はい喜んで!』とアメノウズメ様が躊躇なく脱いだので萎えました。

 その後奥さんに凹られたのは言うまでもありません。


「でも私稲は育てたこと無いんですけど、大丈夫かなぁ」

「心配すんなって。俺も手伝うから」

「え?」


 スクナビコナ様の言葉に嫌そうな反応を返すサロスくん。しかしアスカさんは聞こえていなかったのかスルーです。


「わあ頼もしいです。スクナビコナ様って色んな知識を持ってるんですよね?」

「おう! 任せろって、オレとおまえが協力すれば楽勝だぜ」

「……」


 嬉しそうなアスカさんと、はりきるスクナビコナ様。そしてそれを恨めしそうに見るサロスくん。


「ま、負けないからな!」

「ハッ」


 手の平サイズな神様に対抗心を燃やす少年と、それに鼻で笑って返す神様。

 今日も異世界は平和です。


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