王妃にされたとある日本人の日常
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ガルディア王国。古い歴史を持つその王国には、王太子の花嫁を異世界より召喚するという風習がありました。
そして最近になり数百年ぶりに王太子の花嫁が召喚されたのですが、その花嫁は新婚だというのに部屋にこもってばかりいます。
「……」
長い黒髪を首の後ろで縛り、縁の薄い眼鏡をかけた女性。
いかにも「できる女」といった雰囲気を漂わせる彼女は、今回王太子の花嫁として召喚された日本出身の女性。名前を利根川アサヒといいます。
「……」
そんな王妃様はずっと無言で大量の書類が乗った執務机に向かっています。
流石は我慢しすぎることに定評のある日本人です。常人なら「やってられるかぁ!?」とぶちきれて叩き落としているところです。
「……やってられるかぁッ!?」
キレました。
いきなりです。
流石は限界を越えた瞬間に笑顔から真顔に変わって戦争おっぱじめる日本人の末裔です。
某国人に「日本人は外交を知らない」と言われたのは伊達ではありません。
「王妃様が爆発したぞー!?」
「美形だ! 男でも女でも良いから美形を連れて来い!!」
しかし周りの人間も慣れているのか対応が迅速です。
その対応が何か間違っている気もしますが、相手が日本人だから仕方ありません。
一部の国からHENTAI国家とか思われていますが、古文等を見ている限り千年単位で変態だからあながち間違っていないのです。
「王妃様。どうか落ち着いてください!」
「うるせぇ! 何だこの処理しても減らない紙の山は!? バグか!? バグってんのかこの国!?」
控えていた侍女に対して叫ぶ王妃様。
口が悪いです。見た目からは想像も出来ない漢っぷりです。
「半分! 半分も処理していただければ休んでもらっても構いませんから。何ならお好きなBLの制作でも……」
悲報。王妃様は腐女子でした。
しかし腐っているからと馬鹿にしてはいけません。
何故なら王妃様はただブヒブヒと餌を貪るだけの豚とは違い、自ら創造するクリエイティブなオタクだからです。
創作のために収集したその知識量は決して馬鹿に出来ません。
何せ中世の封建制国家の政治やその問題点を即座に思い出し、こうしてガルディア王国の治世に役立てているのですから。
普通に生きてたらまずゴミ箱行きの知識ですが、役に立ったのだから細かいことは気にしてはいけません。
「阿呆か!? ただでさえ寝てないのに娯楽に費やす時間なんてねえよ!?」
「そ、そんな!? では私たちはどうやって新作を手に入れたらいいのですか!?」
悲報(二回目)。宮廷が腐りました。
どうやら変態国家日本の誇る漫画は、宮廷の貴婦人たちにはいささか刺激が強かったようです。
もっともそのせいで王妃様は宮廷内の貴腐人から圧倒的な支持を得ているのですから、世の中何がどう転ぶか分からないものです。
「大体何でこんなに未処理の案件ばっかりなんだ!?」
「最終的な決裁は王家に籍を置く方にしかできませんから。先王陛下も日々処理におわれています」
「わかっとるわ!? 私が言いたいのは、あの盆暗は何やってんだってことだ!?」
『……』
王妃様の問いに、それまで周囲を右往左往していた家臣たちの動きが止まりました。
盆暗。王妃様がそう呼ぶ人間は、この世に一人しか居ないからです。
「えー、陛下は体調が悪く……」
先日めでたく王に即位したリチャード陛下。
しかし陛下は即位式と結婚式を終えてから、まったく表に出ようとしません。
「……まだ部屋に籠もってやがんのか、あのシスコンは」
その理由は、先日神隠しにでもあったかのように消えてしまったシーナ王女にあります。
ご自身の妹を深く愛していた陛下は、ショックのあまり塞ぎこむようになってしまったのです。
少し同情しないでもありませんが、仮にも妻である王妃様からしたら「キモい」としか言いようがありません。
「王妃様! 追加でこちらの書類をヒィッ!?」
空気の読めない文官が書類の束を抱えてやってきましたが、王妃様のひと睨みで腰を抜かしました。
王妃様に異世界トリップによるチートは無いはずですが、このままでは邪眼に目覚めてしまうかもしれません。
「……」
「王妃様?」
しかしそんな王妃様が突然笑顔になりました。
荒れ狂っていた空が突然青く澄み渡ったかのような不自然な笑みです。
「よし! アイツ殴ろう♪」
「いや、そんな散歩に行くみたいに!?」
どうやら王妃様は限界のさらに先の限界を越えてしまったようです。
こうなってしまった日本人はもう制御不能です。
もうタイヤを片方はずしたチョロQ並みに大暴走するのは決定したも同然です。
「あっはっは♪ 陛下。今愛しの王妃が参ります♪」
「ら、乱心! 王妃様ご乱心!?」
晴れやかな笑顔で宮廷の廊下を疾走する王妃様と、必死に後を追う侍女。
助けを請うように叫びますが、それを聞いた家臣たちの心は一つでした。
――いつものことじゃん。
この後王様が王妃様に強烈なボディブローをくらい説教されますが、そのせいで王妃に心を開いたので結果オーライでした。
同時に王様にM疑惑が浮かび上がりましたが、本人たちが幸せそうなので誰も何も言えませんでした。
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「……」
「あ、ツクヨミ。前にガルディアだっけ? そこに召喚された人の様子はどうだった」
無言で鏡を眺める青年。
彼こそがアマテラス様の弟であり、三貴子の一柱である神ツクヨミノミコトです。
あまりに出番が少ないので性別すら不明とされていますが、多分男です。
昨今の日本の流れだとさらりと女神に改変されそうですが、アマテラス様も一時期男だとされていたので深く気にしてはいけません。
「ああ、姉上。ガルディア王国に召喚された女性については、まったく問題ありません」
「そうなの? いきなりだったから準備不足で言語が分かる加護しかあげられなかったんだけど」
「十分でしょう。本人の能力が高いですから、むしろ余分な助けは本人の害になるかと」
「そう? ツクヨミがそういうなら大丈夫か」
そう納得して去っていくアマテラス様。
その背をツクヨミ様は笑顔で見送っていましたが、完全にアマテラス様が見えなくなるとニヤリと性格の悪そうな笑みを浮かべました。
「何より追い詰められていた方が良いリアクションをしますからねこの人間は。まあ死にはしないでしょうし、しばらくは様子を見ましょうか」
ツクヨミノミコト。
彼が陰険なのは月の神であることとは多分関係ありません。