暑い時は冷やし茶漬け
「街も大きくなってきたし、警備団を作った方がいいと思うわけですよ」
「はあ」
アルジェント公国にて。
いつものように唐突にやってきた大公さんの言葉に、お茶漬けを差し出しながら興味なさそうな声で返すカオルさん。
京都のぶぶ漬けといえば落語にもなっている有名なネタですが、異世界人の大公さんには通じませんし、むしろディレットさんにおススメされてほぐした焼き鮭まで追加しています。
「作りたいなら作ればいいのでは?」
「いやだって、この街の領主って君じゃないか我が息子よ」
「建前全力で押し通すのやめろや」
アイアンクローで大公さんを宙吊りにするカオルさんですが、それでも気にせずお茶漬けをスプーンでかっこむ大公さん。
度重なるカオルさんのつっこみにより、大公さんの防御力が無駄に上がってきています。
「いや真面目な話。警備団を作るにしても専任の人間だけではどう考えても人手が足りないから、市民からも団員を募らないといけないんですよ」
「あー、そりゃ兵士だってほとんどは徴兵された一般市民だし、そういうもんなんでしょうね」
警察組織が発展している現代人にはピンと来ないかもしれませんが、都市部の警備や夜警などは住民の中から選出された者が行うことがあり、ボイコットすれば罰金を科せられることもあったそうです。
ただ普段から自分の仕事があるのに夜警までやらされたら「寝る時間ないってレベルじゃねえぞ!?」となるので非常に嫌がられたとも。
自衛隊員だって24時間警衛任務の後は丸一日オフになります。
「つまり市民に抵抗なく了承してもらうには、この街の領主であり気心も知れてるカオルさんが音頭を取った方がいいわけですよ」
「だったら最初からそう説明してくださいよ」
隙あらば跡取りを既成事実化しようとする大公さんに呆れるカオルさん。
でもなんだかんだ言ってお人よしなのでこのまま押し切られる未来がありありと見えます。
「それにカオルさんにやってもらいたい理由としてですね」
「まだあるんですか」
「この街の人魚さんたちが警戒心低すぎて、よからぬことを企む輩がいるらしいので、ちょっと意識改革してほしいんですよ」
「……ああ」
「うにゅ?」
二人の視線の先で、先ほど大公さんにおすそ分けした焼き鮭の残りにかぶりつく警戒心の低い人魚筆頭ディレットさん。
美味しいものをあげると言われたら知らない人にもほいほい付いて行きそうです。
「まあそういうことなら話はしておきます。こいつら大体魔法使えるから、陸の上でも油断してなきゃ早々捕まったりしないでしょうし」
「お願いします」
「えー? 何の話?」
珍しくボケとツッコミなしで話がすんなり終わるカオルさんと大公さん。
問題が一目瞭然だからね。仕方ないね。
今日も異世界は平和です。
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一方高天原。
「鮭は赤身魚ではなく白身魚……だと?」
今日の晩御飯は海鮮丼だと言われ、何気なく調べた鮭の情報に衝撃を受けるアマテラス様。
見た目赤っぽいから勘違いするのも仕方ありません。
「誰か説明してくれよ!」
「若い人そのネタ分かりませんよ。赤身魚というのは主に回遊魚などの活発に泳ぐ魚が大量の酸素を必要とするために……」
「もうちょい分かりやすく」
「……鮭が赤いのは赤身魚の赤ではなく蟹や海老と同じ赤です」
「なるほど!」
アマテラス様からの無茶ぶりに冷静に答える流石のツクヨミ様。
ちなみに赤身魚の赤はヘモグロビンやミオグロビンといった色素たんぱく質の色で、酸素の供給を効率よく行うためのものです。
そのため活発に泳ぎ回る回遊魚に多く、逆にあまり動き回らない魚には少ないそうです。
「え、じゃあザリガニみたいに餌厳選したら鮭の身も白くなるの?」
「なりますというか、そこまでしなくても産卵期の鮭は栄養と共に色素も卵に移るので身が白くなりますよ。逆に言えば栄養が卵に行ってしまっているので食用としてはあまり出回らないそうですが」
「えー食べてみたいな」
「まあ探せば取り扱っているところもあるでしょうが……」
そこまで言ったところで、アマテラス様が何やらうずうずしていることに気付くツクヨミ様。
「……許可を受けた漁業関係者以外が河川をのぼってきた鮭を捕獲するのは違法ですからね?」
「なんだってー!?」
どうやらやる気満々だったらしく驚くアマテラス様と、事前に気付いてよかったと胸をなでおろすツクヨミ様。
むしろ神様なのに遵法意識の高いツクヨミ様の方がおかしい気もしますが、好き勝手やられても困るのでここはツクヨミ様を応援しておきましょう。
「じゃあ取り扱ってるところを調べる。唸れ私のPC!」
「PCが唸るのは色々マズイ兆候ではありませんか?」
そうして調べ始めたはいいものの、小一時間後、そこには調べるのに飽きて畳の上に身を投げ出すアマテラス様の姿が!
今日も高天原は平和です。