やさしいせかい
「いやー。門通らなくても地球の農産物手に入るからこの村便利なんですよね」
「はあ。そういうものですか」
ケロス共和国のとある村にて。
エルフたちが育てた野菜を買い付けに来たミィナさんと、その対応をするイネルティアさん。
異世界では珍しい農作物を育てているなら他の商人たちと競い合いになりそうなものですが、ウェッターハーン商会は最初誰にも見向きされなかった米を大量に買い付けたという実績があるので、村の側も優先して作物を回していたりします。
かつてミィナさんが護衛もつけずに単身でこの村に突撃してきたのは、米が食べたかっただけではないのです。
「しかし地球産のものに比べればやはり劣るのでは? 手間はかけているつもりですが、向こうとは違って安定した肥料や水の管理もままなりませんし」
「そこは不思議なんですけど、目に見えたり舌で感じられるほど明確な差はないんですよね。農薬使ってない割に虫食いも少ないですし、スクナヒコナ様何かやってるんじゃないですか?」
「さーてなあ。みんなが頑張ってるおかげじゃないか?」
ミィナさんの問いにわざとらしく口笛を吹いてすっとぼけるスクナヒコナ様。
以前に神の加護なんて気のせいかな程度で良いんだよと言っていたので、仮に何かやっていても認めるつもりはなさそうです。
「ああ。そういえば日本から取り寄せてほしいものがあるのですが」
「はいはい。何でしょうか」
「ベジタリアン向けの料理本を」
「おおっと。確かにエルフには需要はありそうですけど、こっちじゃ手に入らない食材とかもあるんだし、再現するのは難しくないですか?」
「そこはこちらの食材を使ってアレンジするので。具体的な料理の完成品というお手本が欲しいのです」
「わかりましたー。お得意さんですしなるべく早く仕入れますね」
「お願いします」
そうして取引も終わり去っていくミィナさん。
その後姿を見送った後、突然握り拳を掲げるイネルティアさんと勢いで滑り落ちるスクナヒコナ様。
「これでレパートリーに幅が出ます!」
「おまえ何でそんなに食い意地はってんの?」
そう呆れたように言うスクナヒコナ様ですが、それはきっと日本でのファーストインパクト(焼きおにぎり)のせいです。
今日も異世界は平和です。
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一方高天原。
「ねーツクヨミー。このハーバリウムとかいうの自分で作ってお母さんにあげたいんだけど」
「何でもっと余裕がある内に言わないんですか!?」
唐突に何か言い出したアマテラス様と、珍しく余裕をかなぐり捨ててつっこむツクヨミ様。
母の日当日だからね。仕方ないね。
「まさかプレゼントの用意は……」
「やってるもん! それとは別に今年は母の月らしいから、後で追加であげよっかなって思っただけだもん!」
そして珍しく鬼気迫る様子のツクヨミ様にドン引きし、少し話し方が幼くなっているアマテラス様。
まるで長期休み中の宿題をやってなかったのがバレた小学生のようです。
「それならいいのですが。しかしハーバリウム? ドライフラワーなどを瓶などの中で専用のオイルにひたして、長期保存できるようにしたものでしたか」
「聞いたの私だけどツクヨミ何でそんなことまで知ってるの」
絶対に縁がないであろう分野にまで精通しているツクヨミ様に、もしかしてこの弟、百科事典とか丸暗記してんじゃないかと疑うアマテラス様。
暇つぶしに読むと面白いよね百科事典。
「これならお母さんにあげても生気吸い取られないと思うんだよね」
「何故そう思うのか分かりませんし、そもそも母上は花の精気吸い取ったりしません」
娘による母親への深刻な風評被害。
ちなみに昨今では吸血鬼がバラなどの花の精気を吸うという設定もあったりしますが、むしろ古い伝承の中には野バラが吸血鬼の弱点の一つだったりする場合もあります。
難儀だな吸血鬼。
「じゃあ何の花使うか決めよーっと。こういうのワクワクするよね」
「まあ楽しむのは良いことですが」
あ、これ母の月にかこつけて新しいことやってみたいだけだ。
そう気付いてもう好きにさせようと決めるツクヨミ様。
今日も高天原は平和です。