勢いだけで書かれたネット小説によくある最終回っぽいけど最終回じゃない話
「はー、ようやく肩の荷が一つおりる」
フィッツガルド帝国の地下。
かつて神官たちの手によって勇者召喚が行われたその神殿にて、淡く輝く魔法陣の描かれた床を眺めながらカガトくんは疲れたように息をつきました。
「へー、異世界のゲートって結局魔法陣式にしたんだ。じゃあここに魔力注いだら門開くの?」
「開かないから注ぐな。フリじゃないぞ絶対注ぐな。もしやらかしやがったら流石の俺も本気で怒る」
「そんな念押さなくても言われたらやらないよ?」
「言われなかったらやるから念押してんだろうが!?」
相変わらずのほほんとした様子で笑うマサトくんにブチギレるカガトくん。
マサトくんが魔術方面でやらかしたら後始末に走らされるのは大抵カガトくんだったのである意味慣れています。
「しかしおまえインハルト侯にあんなこと言われたのに結局最後まで自重しなかったな」
「うーん何言ってるのか分かんない」
「そうだな。おまえはそういうやつだよな」
そう文句を言うカガトくんですが、実際のところ急に自重されると今まで勇者という脅威によって抑えられていた腐敗貴族の皆さんが活性化していたのは間違いないので、中々バランスの難しい問題だったりします。
当のマサトくんがバランスとか考えていたかは限りなく怪しいですが。
「まあ多分おまえはそれで良かったんだろうけどな」
そう本人には聞こえない声で言って、気を取り直すようにまた一つ息をつくカガトくん。
マサトくんはまだ異世界召喚問題が始まったばかりの初期に、王妃様等とは違いかなり不利な立ち位置で召喚された日本人です。
そしてその初期に召喚されたマサトくんがある意味逞しく異世界をひっかきまわしたからこそ、後から異世界に来たカガトくんたちが比較的楽な立場になれたという側面もあります。
なのでこの能天気と見せかけて実は闇抱えてんじゃねえかと疑いたくなるお騒がせ勇者様に感謝もしているのです。
例えその当人のせいで仕事が増えてデスマーチが悪化していたとしても。
「というかおまえ先に帰るんだから少しは日本人と魔術の関係についての研究に協力しとけよ」
「そんなことできるならカガトさんが異世界の門開くのに協力してる」
「だよなー」
こいつにそんな器用なことができるなら自分はもっと楽できた。
今更ながらそんなことを再確認するとカガトくんはまた一つ大きく息をつくのでした。
「ため息つくと幸せが逃げるよ」
「おまえが逃がしてんだよ」
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「アレはアレで喧嘩するほどなのかねえ」
カガトくんたちとは少し離れた広間の入口近くにて、王妃様が何やら言い合っている男子二人を眺めながら少し呆れたように言いました。
「あの二人って有名になるでしょうし題材にしたら売れませんか?」
「私はナマモノは参考にしても作品にする気はねえよ」
異世界にきてすっかり商魂逞しくなってしまったミィナさんの問いをばっさり切る王妃様。
ナマモノの意味が分からない人は別に分からなくても人生困らないのでそのままの貴方でいてください。
「というかアサヒさんドレスで帰るんですか?」
「ああ。帰ったらそのまま難しい話もしなきゃならんから立場が分かりやすいようにな。見た目やハッタリも大事なもんだ」
「あー、私も同席しましょうか?」
政治的な話だと察して、ならば自分もそれなりにできることはあるのではないかと手を上げるミィナさん。
しかし王妃様はそんなミィナさんの手を苦笑しながら制しました。
「いいって。面倒くさいことは大人に任せとけ。あっち帰ったらおまえら全員ただの子供だ」
「こっちの世界では成人扱いなんですけどねー」
「だからこそ面倒くさいこともあっただろ。どうせいつかは大人になるんだから今のうちに遊んどけ」
学ぶのも忘れちゃだめだけどな。
そう言って笑う王妃様に「むぅ」と唸るミィナさん。
言ってることは分かるけれど子ども扱いは納得しかねるようです。
「まあ私がいくら抑え込んだって面倒事はなくならないしな。特にこっちの商業ルート押さえてる商会のご令嬢となればその手の話が舞い込むだろ。流石にそれは私にもどうしようもない」
「あ、それは好きでやってるから大丈夫です」
「だろうなあ」
このお嬢さんは本当に楽しそうに商売の話をするからなあと呆れ混じりに感心する王妃様。
ミィナさんがウェッターハーン商会に拾われたのは運命だったのかもしれません。
ウェッターハーンからしたら悪魔を抱え込んだようなものかもしれませんが、親子仲は良いので問題ありません。
「それにしても今回帰るのって私たちだけなんですね」
「ああ。みんなしばらく帰る気はないらしいなあ。アスカは農業が一段落つくまで保留だと」
「羨ましい。というか魔王さんは結局普通に帰って大丈夫なんでしょうか」
「もう向こうにエルフやら猫耳娘やら居るんだから角ぐらい生えてても平気なんじゃないか?」
そう言ってしまうあたり王妃様も確実に異世界に染まっていますが、実際魔王様がそのまま帰ってもボケとツッコミの勢いでほとんど押し流されるので多分問題ありません。
力技と勢いだけで魔族を統率したのは伊達ではありません。
「さて、そろそろか」
「少し緊張しますね」
皇帝陛下をはじめとした見送り人が来たのを見て、魔法陣の方へと移動する王妃様とミィナさん。
二人とマサトくんが魔法陣の中に入ったのを確認すると、カガトくんが説明を始めます。
「では、これから日本へ転移する門を開きますが、何があってもその場から動かないでください。マサトは何か体に異物が入るような感触するだろうけど抗わずに身を委ねろ」
「何で僕だけ?」
「おまえは魔力が馬鹿でかいから抵抗もでかいんだよ。しかもそのせいで抵抗しようと思ったらできるから下手をすれば日本に転移されずに弾き飛ばされる。世界の狭間に落ちてもおまえなら歩いて帰ってきそうだけど余計なことはするな」
「分かった」
頷くマサトくんに義務は果たしたとばかりに頷き返すカガトくん。
世界の狭間からでも歩いて帰ってくることは否定してないので、本当に余計なことをしてほしくないだけで心配とか欠片もしていません。
「では、いきます。 ――女神よ。私は恐れずただ願います」
そっと息をつき、詠唱を始めるカガトくん。
そしてその詠唱が終わったときには三人の姿は消え、日本の国会に三人の日本人が帰還していることでしょう。
こうして神の悪戯により人の手によって始まった騒動は、神の助力を得た人の手によって一つの終わりを迎えました。
今日も世界は平和です。