筋肉があれば大体何とかなる
要は慣れだと彼は言った。
以前のものとは違う、しかし手に馴染んだ鉄製の重い槍を手にカオルは神経を研ぎ澄ませる。
道具を使うというのは他の種にはない人間の長所の一つである。
例えば木の実を割るのに石や車を使う烏のように、道具を扱う動物自体は他にもいる。
しかしその道具を手足のように、自らの体の延長であるかのように扱う種は人間をおいて他にはない。
そう。優れた道具の使い手はその道具を自らの体の一部として扱う。
例えば片足を失った人が義足を使おうとした場合、当然本物の足があったころのように歩くことは困難だが、長いリハビリを続けていくうちに慣れ以前ほどではなくとも歩けるようになる。
体を動かす脳がその状態を学習し対応するのだ。
同じように、脳というものは道具の扱い方を学習し、対応する。
だからこそ、必要なのは慣れなのだ。
道具の使い方をああだこうだと考える前に、手足のように扱えるまで。それこそ寝るとき以外は飯を食う間すら小脇に抱えて槍を持ち続けた。
そうやって慣れたからこそカオルには可能だった。
瞬きすら命取りになる攻防の最中、一瞬の隙を見逃さず必殺の一撃を刹那で放つことが。
「隙あり!」
「ふんっ!」
しかし相手の胸をめがけて放たれた刺突は、オネエの胸筋によって弾かれました。
「……隙さんが消えた!?」
「私隙さん。貴方の後ろに居るの」
「がふっ!?」
どうせ当たらないと思っていたのに当たった上で弾かれた。
あまりに理不尽な光景に隙をついたつもりが隙だらけになりあっさりとオネエに背後を取られ殴り飛ばされるカオルさん。
ポセイドン様の鉾と違ってただの槍だからね。仕方ないね。
「いやどうしろっつーんですか」
手合わせが終わり休憩のために訪れた食堂で、コーヒー片手に納得いかない様子で言うカオルさん。
必中使ったのに相手が不屈使ってた。
貫通攻撃を持たないカオルさんにはもうどうしようもありません。
「良い? 物事には緩急というものがあって筋肉にも緩んでいる瞬間というものはあるの。隙というのはそういった相手の思考や肉体のそれすら読んでつくものなのよ」
「いや無理だろ」
いきなり達人クラスのことを要求され反論するカオルさん。
どう考えてもちょっと前までただのアルバイター(次期大公)だったカオルさんにできることではありません。
「というか俺ボクシングしかやってなかったのにいきなり槍使えっていうのも無理があるというか。……そういや先輩なんでどう見てもボクシングじゃない戦い方まで身についてるんですか」
「マコトに付き合って」
「あ、ハイ。理解しました」
どうやらオネエの色々と理不尽な戦闘能力は奥さんに付き合わされた結果身についたようです。
その奥さんであるマコトさんの理不尽っぷりを知ってるカオルさんとしては納得するしかありません。
「というかボクシングもあの子に引きずられて嫌々始めたのよね。私昔は見た目女子みたいでいじめられてたから」
「それは一体どこの平行世界の国生ユウキさんですか?」
昔はいじめられていた男の娘が今では立派なマッスルオネエに。
ボクシングってスゲー。
「でも私の胸筋すら突破できないんじゃ竜の相手はきついわね。ちょっと地下に伝説の剣が刺さってるから試しに抜いてみる?」
「いや何で伝説の剣がそんな近場に刺さってんですか」
その後ものは試しということで伝説の剣を抜きに行ったカオルさんでしたが、どうやら適性はなかったらしく剣は台座から抜けず、オネエのように理不尽な筋力もしてないので伝説の剣(鈍器)も入手できず現状維持が決定されました。
今日も異世界は平和です。