焼きおにぎりが食べたい
魔法学園。
多くの魔術師の卵たちが通うその学園は、魔術師という人種が研究者肌で個人主義な人間が多いこともあり、身分というものを感じさせない学風を持っています。
そんな魔法学園に、悩める生徒が一人。
「……」
寮の自室でボーっといているのは、何の因果か異世界に迷い込み、何故か魔力が高かったために魔法学園に放り込まれた日本人。名前は加賀カガトといいます。
「……」
そんなカガトくんですが、さきほどからベッドに腰かけたまま無言で虚空を見つめています。
まだ若いだろうに、その姿はまるでリストラされて公園のブランコで時間を潰すお父さんのようです。
「……もう嫌だ」
仕舞には項垂れて弱音を吐き始めました。
やばいです。もはやその姿は鬱を突き抜けてアイキャンフライしてしまう寸前です。
「――異世界に召喚されて鬱々まっしぐらな困ったさんを救うため、アメノウズメ参上☆」
そんな青年の背後のベッドに、ぼすんと音を立てながら女神さまが現れました。
何故か横ピースサインです。セリフは旦那とほぼ同じなのに、テンションが雲泥の差です。
「……これからどうすれば」
「無視!? 無視ですか!? こんな美女が自室に現れて無反応とか、男の風上にも置けませんよ!?」
しかしカガトくんはスルー。むしろ意識してアメノウズメ様を認識の外に追いやっています。
まあそれも仕方ありません。鬱になっているときのハイテンションほどうざいものは無いのです。
アイキャンフライの前にイエスユーキャンされても文句は言えないくらいです。
ちなみに美女と自称しちゃってるアメノウズメ様ですが、おかめの起源ってアメノウズメ様だよねとか言ってはいけません。
女性の美醜については深くつっこんではいけないのです。
「ほらほら、悩みの一つや二つぶちまけてくださいよ。言うだけでも楽になるものですよ?」
「えー……言ってもどうにもならないと思うんですが」
アメノウズメ様に促され渋々振り返るカガトくん。人間素直が一番です。
「実は学園の女の子たちから異様にアプローチを受けてて……」
「リア充爆発しろ状態なんですね。分かります」
因みにカガトくんは所謂ハーレム体質なので、日本に居た頃にアマテラス様にリア充爆破された一人だったりします。
モテる男は辛いですね。死ねば良いのに。
「要するに自分に惚れてる女の子たちの扱いに困ってるんですね」
「まあ、そうなりますけど」
「なら良い方法がありますよ」
相変わらず景気の悪い顔をしているカガトくん。そんなカガトくんにアメノウズメ様は無駄に輝いてる笑顔で言います。
「一発やっちまえば良いんですよ☆」
「アンタ本当に神か?」
親指立てて言い放つアメノウズメ様に、カガトくんの常識的なつっこみが放たれます。
「恋に夢見てる小娘なんて、男女の営みの現実思い知らせてやれば万事OKですよ☆」
「……年下の女に恨みでもあるんですか?」
徐々に黒い笑みになっていくアメノウズメ様に、いつの間にか悩みを聞く側に回っているカガトくん。
……今日も異世界は平和です。
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「ん? マカミではないか」
「む? リィンベルか」
都内のとある公園。昼近い何の変哲もない日本の公園で、人狼なマカミさんとダークエルフなリィンベルさんが鉢合わせしていました。
「おぬし今日は警察の捜査に協力しているのでは無かったのか?」
「昼までだ。昼からはグライオスに代わりアダチの傍に付くことになっている」
「なるほど。それでここに寄ったわけか」
マカミさんが持っているバッグを見て、リィンベルさんは事情を察して頷きます。
「ならばこっちに来い。最近は日差しが強くなってきておるからの。こちらのベンチなら丁度影になる」
「そうか。なら使わせてもらおう」
リィンベルさんに誘われ、木陰のベンチに腰かけるマカミさん。
そしてバッグから取り出したのは、青い布に包まれたお弁当箱。安達家のお母さんことシーナさんお手製のお弁当です。
中身に期待してか、マカミさんのズボンからはみ出した尻尾が勢いよく振られています。
「作ってくれたシーナに感謝して食べるのじゃぞ」
「分かっている。『いただきます』に『ご馳走様』というやつだな」
「うむ。いただきます」
耳をピコピコ動かしながら手を合わせるマカミさんを横目に、リィンベルさんも持参していたお弁当箱を取り出し手を合わせます。
ちなみにいただきますの意味については結構広く知られていますが、ご馳走様の『馳走』には食材の調達や調理のために走り回るという意味があります。
いただきますが食材への感謝が主ならば、ご馳走様は料理してくれた人への感謝なのです。
いただきますばかりが取り沙汰される事が多いですが、ご馳走様もちゃんと感謝を込めて言うようにしましょう。
「ほう、今日は焼きおにぎりか。流石シーナ。いい仕事をしておる」
リィンベルさんが蓋を開けると現れたのは、焼きおにぎりをメインに煮物やサラダが付け合わせられた見た目茶色いお弁当。ベジタリアンなリィンベルさんに合わせて作られた、特別製だったりします。
「この匂いは醤油か? 肉など一切ないのに美味そうに見えるから不思議だ」
「わしからすればその肉ばっかな弁当の方が不思議じゃがな」
対するマカミさんのお弁当の中身は、ごはんの上に敷き詰められたネギ塩だれの肉。
野菜など不要とばかりに肉と米が敷き詰められた、本当に女性が作ったのか疑いたくなる男飯です。
「というか、おぬしネギを食べても大丈夫なのか?」
「問題無い。しかしリィンベルは肉が食えないのだったか。このネギ塩の美味さを味わえないとは、残念だな」
「ネギといえばわしは味噌じゃな。味噌は良い。それに米もな」
「確かに米は良いな。肉と一緒に食べても味わい深い」
食の趣味は正反対なのに、案外仲良く食事する二人。
今日も日本は平和です。




