焼肉でライスを頼むか否か戦争
草原の広がる東大陸。
この地には纏まった国家というものが少なく、殆どの民が遊牧民として部族単位で生活を営んでいます。
そんな遊牧民の中に、人狼の一族も居ます。
彼らは人狼の中でも温和な一派であり、他の人狼からは「狩りを忘れた犬」等と蔑まれていますが、本人たちはいたって気楽にのんびり生活をしています。
何せ狼が牧者を務めているのです。他の獣が襲ってくるはずもありません。
「んー、こんなもんか」
そしてそんな人狼の一族の中に、人間の少女が一人。
彼女は水留アズサ。切れ長な目と高い身長のせいで大人びて見えますが、高校生になったばかりの十五歳の少女です。
同級生に「姉御」と呼ばれる不本意な学生生活を送っていた彼女でしたが、先日この大陸でも数少ない国の王様の花嫁としてなんか召喚されてしまったのです。
幸いというべきかその王様は美形だったのでした。しかし自己紹介もそこそこにいきなりキスをしたために、見た目は大人、中身は思春期乙女なアズサさんの怒りを買い、アッパーからの空中コンボを決められて撃沈しました。
やってしまってから「やべえ」と気付いたアズサさんはそのまま逃亡。
流れ流れてこの人狼の一族に保護されたのです。
「もっと野菜を使いたいんだけど、保存が少ないしなぁ。皆は不満は無いみたいだから良いけど」
そして人狼たちに保護されたアズサさんは、ただ保護されるのも申し訳ないので色々と仕事を申し受け、今では彼らの食事を作るのが日課となっています。
最近の悩みは食事が肉ばかりなことです。
農耕民族な日本人は遺伝子レベルで質素な食事に慣れているので、野菜が取れないのは割と死活問題だったりします。(体重的な意味で)
因みに彼女が野菜に拘るのは、栄養以外にも肉の臭みを取りたいからでもあります。
肉の臭み取りといえばスパイスですが、ネギやシイタケなどでも臭みは取れるのです。
嘘じゃありません。本当にシイタケで臭みが取れるんです。
作者はみかん王国の人間なので、決してシイタ県からの回し者ではありません。
愛媛の! ミカンは! 一つだけー!!(さり気ないみかん推し)
「あ! あずさできた? ごはんできた!?」
「はいはい、できたから止まれ」
鍋の中身が煮立ってきたことに気付き突撃してくる犬耳少女。
アズサさんは慣れた様子で突撃してきた少女の額を片手でバシッと受け止めると、用意していた小皿に料理をよそって差し出します。
「ほれ味見。今日は羊のすね肉を出汁に煮込み鍋風にしてみた」
「ふわぁ、何これお肉がやわらかい。これなら骨ごといけそう!」
「うんそうか。別に止めないが私は無理だと先に言っておく」
尻尾をぶんぶん振りながら感激している少女に、アズサさんは苦笑しながら言います。
目の前の少女のように、人狼族の人たちは真っ直ぐな気性の人が多く、外見のせいでクールにふるまってきたアズサさんもかなり砕けて気楽に過ごせているようです。
「本当にあずさは料理上手いね。お嫁さんに欲しいくらいだよ!」
「はいはい。私にそっちの気は無いからな」
少女の言葉に手をひらひらとさせながら答えるアズサさん。しかし食事の場面で同年代の男の人狼から割と真面目に求婚され、対応に困ってしまうのでした。
しかしあまりに困り「悪い男に傷つけられたからそういうのは怖い」と言い訳をすると雰囲気が一変。
真面目な人狼の男たちは「俺たちは何て無神経なことを!?」と一転お通夜状態になり、女性陣から冷たい目で見られるという珍事……もとい惨事となったのでした。
今日も異世界は平和です。
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一方高天原。
アマテラス様の「網と炭買ってこい」という姉の我侭に屈したツクヨミ様のおかげで、突発的な焼肉祭りが始まりました。
基本的に神様と日本人はどんちゃん騒ぎが好きなのです。祟り神もとりあえず祀っといてお祭りしちゃうのだから大概です。
「まさか牛肉がこんな簡単に食べられる時代が来るなんてねぇ。……マトンって美味しいのかな?」
「食べたことならあるはずですが。まあ美味しいですが臭みが強いですね。……スサノオ。誰も取りませんから生焼けはやめなさい」
「いや兄貴は取らねえだろうけど、姉貴が食いすぎなんだよ」
そして仲良く網を囲むアマテラス様とツクヨミ様とスサノオ様の三貴子。
ひたすらに食べまくるアマテラス様とスサノオ様に、焼き手に回りながらも自分の分は確保するツクヨミ様。三柱の性格が実に出ています。
「……で、何で俺はここに居るんだ?」
呟くような声に三貴子が顔を上げれば、そこには同じ網を囲む少年の姿。
彼は火之迦具土。イザナギ様とイザナミ様の産んだ火の神であり、三貴子の兄にあたる神です。
火の神である故に産まれる際にイザナミ様に火傷を負わせ死に至らせ、怒ったイザナギ様に切り殺された不憫な神様でもあります。
因みにカグツチ様が殺されたその時に生まれた神の一柱がタケミカヅチ様だったりします。死んだと思ったら新しく生まれたり、日本の神様は忙しいですね。
「炭の火のつきが悪いから呼んだ」
「そのためだけに呼んだのかよ!?」
悪びれず言うアマテラス様につっこむカグツチ様。
因みに炭に火をつけるときは直接炭を火にかけるのではなく、火種となるものを炭の中に入れるのが正解です。
間違ってもカグツチ様(火炎放射器)の出番ではありません。
「まあ良いから肉食べなよカグツチ」
「この辺りは食べごろですよカグツチ」
「まあ細かいことは気にすんなカグツチ」
「……それで良いのかおまえら」
ゴーイングマイウェイな三貴子(弟妹)に呆れるカグツチ様。
今日も高天原は平和です。




