困ってしまって
「勉強をしなくてはならなくなった」
「いきなり何でござるか」
夏も過ぎ涼しくなってきた秋の暮れ。
ヤヨイさんがいつも通り風通しの良い窓辺でごろごろしていると、いつも通り警察への協力が終わり帰ってきたマカミさんが何故か正座しながら言いました。
「仕事を終えたところに警察署の偉い人間に呼び出された」
「……何かやらかしたでござるか?」
「いや。正式に警察官にならないかと勧誘された」
「わあ。凄いじゃないですか」
マカミさんの説明に、リビングでビーバーみたいにスティック菓子を齧っていたエルテさんが感心しています。
しかし当のマカミさんは相変わらず無表情ですが、何やら困ったようにもふもふ尻尾がだらんと垂れ下がっています。
「もしかしてそれで勉強ということでござるか?」
「ああ。技能持ちということで優遇はするが、試験で最低ラインは越えてほしいと」
「まあ公務員ですしね」
警察では犯罪捜査に有用な分野の知識や技能を持った人間を、その経歴に見合った階級で採用する制度があったりします。
だからと言って今回のマカミさんのような採用の仕方は実際にはまずありえませんが。
ちなみに警視庁で言えば特別捜査官がそれにあたります。
何それカッコいい。
「つまりマカミ殿は犬のお巡りさんになるでござるな?」
「俺は狼だ」
「じゃあヤヨイさんは迷子の子猫ちゃんですか? 人生とかの」
「……エルテ殿はたまにさらりと毒を吐くから油断できないでござる」
「自業自得だろう」
予期せぬ一撃に胸を押さえて蹲るヤヨイさんと、無表情なまま追撃するマカミさん。
今日も日本は平和です。
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一方高天原。
「そういえばうちって犬の神っていたっけ?」
「狛犬がいるじゃありませんか」
「いやアレ狛犬という名の何かじゃん。犬っぽくないじゃん」
ツクヨミ様の言葉にあんなの犬じゃねえと反論するアマテラス様。
実際狛犬の正体には諸説あり、その起源を辿れば古代インドのライオン像に行きつくとされています。
あとついでに狛犬には口を開いている阿形の像と口を閉じている吽形の像がありますが、狛犬は口を閉じている像だけであり、口を開いている方は獅子の像です。
でも呼ぶときは両方まとめて狛犬と呼ばれます。
獅子さんが何をしたっていうんだ。
「あとはおいぬ様でしょうか。大口真神といえばそれなりに古い神ですね」
「あれ? それって狼じゃなかった?」
「狼ですが愛称はおいぬ様です」
「なんかデジャヴュが」
大口真神はニホンオオカミが神格化された存在であり、日本武尊が御岳山にて道に迷った所を案内し、以後その地に留まり魔物を退治するよう命じられたとされています。
厄除け、盗難除けのご利益がある他、神社によってはペットの犬の健康祈願なども行っています。
同じ名前のマカミさんと違って細かいことは気にしないようです。
「犬かー。猫もいいけど犬も首のもちもちしたあたりもふもふしたいよねー」
「確かに。姉上は構いたがりなのですから、犬の方が相性がいいのでは?」
「というか何でツクヨミはあんな不愛想なぶちにも懐かれるの? やっぱり猫を神使にして美少女戦士探すの?」
「そのネタまだ引っ張るんですか」
アマテラス様の嫉妬からの意味の分からないいちゃもんに呆れながらもつっこむツクヨミ様。
今日も高天原は平和です。