オネエと王妃(腐)
ガルディア王国とメルディア王国。
元は一つの国だった二つの王国の歴史は古く、友好国ながらも時には敵対し、中々に複雑な背景を持っています。
今は大陸の情勢も落ち着いており平和が続いてはいますが、いつどこに火種が燻るともしれないため、お互い定期的に使節団を派遣し関係を強固なものにしています。
そして今回はメルディアからガルディアへの使節団が派遣され、その中にはハインツ王子の腹心であるオネエも居ました。
「ふう、どうにも馬には慣れないわね」
ガルディア王国への道中。休憩に入り馬から降りたオネエは、固まった関節を動かしながら呟きました。
慣れないと言っていますが、むしろ何故馬に乗れるのとか聞いてはいけません。
無駄にハイスペックなオネエに不可能は無いのです。
ちなみに馬は日本では軽車両扱いなので、免許など無しで普通に道路を走れたりします。
ただし酒を飲んで乗ったら馬が酔ってなくても飲酒運転扱いです。皆さんも馬に乗るときは気を付けましょう。
「大丈夫かユキ。今回の使節団の目玉はユキなのだから、到着前に倒れてくれるなよ?」
「そう言われてもね」
茶化すようなグレイスの言葉に、オネエは肩をすくめて応えます。
その身を包むのは特注の騎士礼装であり、いつものようにパツパツになっておらず上品な魅力をオネエに与えています。
儀礼的な腰の剣なんて飾りです。偉い人にも分かってるので問題ありません。
「大体何で新参の私が団長代理なのよ。団長は健在なんだから代理なんて必要ないじゃない」
「……ユキ。団長が儀礼的な場面で黙って大人しくしてられると思うか?」
「……私が悪かったわ」
完全に死んだ目で言われて、オネエは自分は悪くないのに何故か謝っていました。
奥さんに似ているだけあり、その行動パターンも容易に想像できるのです。頑張って大人しくしようとしても、子供のようにそわそわと落ち着きなく蠢くに違いありません。
「しかしそんなところまで団長は奥方に似ているのか?」
「ええ。落ち着きがないのもそうだし、言葉遣いも団長そのままよ。貴女や団長は職業柄仕方ない面もあるんでしょうけど、何であの子はあんな喋り方になっちゃったのかしらねぇ」
「……」
ためいきをつくオネエにグレイスは「お前が言うな」と言いそうになりましたが、辛うじて飲み込みました。
ちなみに男言葉と女言葉というのは日本語独特のもので、英語を含む外国語には男女による言葉の差というものはあまりなかったりします。
他にも一人称が複数あり正式な一つが決まっていなかったり、次々と新しい言葉が生まれて辞書に乗っちゃったりと、かなりフリーダムな言語が日本語なのです。
そのため日本人が英語を苦手とするのは、文法以外にもそのフリーダムな表現を英語というシンプルな型にはめられないからだという説もあったりします。
ぼっちゃんが「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳しちゃうのも日本語がフリーダムだから仕方無いのです。
「まあとにかく。相手方も成婚以来公の場に出てこなかったガルディアの王妃のお披露目という意味もある。大丈夫だとは思うが、くれぐれも騒動は起こさないようにな」
「やあねぇ。そんな恐ろしいことしないわよ」
グレイスの言葉を聞いて「押すなよ! 絶対に押すなよ!」という言葉が脳裏を過りましたが、流石にそこまで体を張るつもりは無いので素直に頷いておくオネエでした。
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そしてガルディア王国にて。
使節団の訪問の挨拶は滞りなく終わりました。
王妃様とオネエも顔をあわせましたが、式典中に私的な話をするはずもなく、お互い視線だけかわして「もしや」と思うだけです。
式典は騒動もなく無事終わりました。
式典は無事に終わりました。
「それで、どうだったアサヒ?」
「あんな日本人が居てたまるか!?」
王宮の廊下にて、王様と並んで歩いていた王妃様がキレ気味のつっこみを咆哮していました。
感情を乗せて叫びつつも、周囲に響かない声量に抑える王妃様。流石気遣いに定評がある日本人です。
「身長はでかすぎるにも程があるけどまあ常識の範囲内だ。でもあの太さは何だよ!? 腕とか私の腰より太かったぞ!? ボディービルダーでもあんなのいねえよ!?」
常識という名の正論をふりかざしオネエ日本人説を否定する王妃様ですが、残念ながらオネエは紛うことなき日本人です。
しかもその筋肉は奥さんとのどつきあいで鍛え上げられた実戦用です。ボディービルダーのような見せ筋とは違うのです。
「それは単にアサヒが細すぎるだけだと思うが」
「うるせえ。というかおまえら揃いも揃ってでかすぎるんだよ」
日本人の平均身長より少し高い王妃様ですが、こちらの世界ではむしろ小柄とされる程です。
そのため王様が突然王妃様への愛に目覚めたのは、ちんまり王妃様に殴られたショックで行き場を失っていた妹萌が突然変異を起こした結果だと思われます。
愛の奇跡ですね。
「ともかく……ん?」
不意に言葉を止める王様。何事かと王妃様が視線を追えば、そこには中庭のベンチに腰かけたオネエの姿。
隣には女騎士のグレイスも居ます。
「噂をすればか。隣にいるのは同僚か。ずいぶんと仲が良さそうだな」
「彼女は第一王子のお気に入りだな。家格こそ低いが母親が王子の乳母を務めた縁もあり、最も信頼されている騎士だ」
「そんであの筋肉ダルマが最も頼りにする騎士か。第一王子の両腕ってとこか」
次期国王の二人の腹心を観察する王妃様。
しかしそうしている内にオネエが王様と王妃様に気付き、二人の視線が交錯します。
「……」
「……」
お互いに無言。
遅れて気付いたグレイスがベンチから降りて膝をつきますが、それでもオネエは動かないままです。
そう。二人は気付いたのです。
ベンチに腰かける男と、通りがかったヒロイン。
お互いが日本人であり、そして次に何を言うべきかを。
「ウホッ! いい男……」
「やらないか?」
『何をだ!?』
お約束です。
もう大多数の人が予想していたでしょうお約束です。
しかしそんなお約束も異世界人には通用しません。突然始まった王妃と騎士の不倫宣言に、グレイスと王様が絶叫しています。
こうして異世界で出会った日本人でしたが、この直後嫉妬した王様がオネエに飛びかかったり、その王様をオネエが咄嗟に取り押さえちゃったり、絡み合う二人を見て創作意欲を爆発させた王妃様が凄い勢いでスケッチを始めたりと、異世界の王宮の中庭を混沌の坩堝に染め上げるのでした。
……今日も異世界は平和です。




