趣味と実益を兼ねて(趣味八割)
「やあ。お久しぶりです陛下」
「かっるいなオイ」
フィッツガルド帝国の帝都にある皇帝陛下の執務室。
その執務室を唐突に訪れたデンケンさんの挨拶を聞いて、皇帝陛下が呆れながらつっこみました。
「家督息子に譲って料理人修行するとか言ってたのに、とうとう諦めて戻って来たのかい?」
「いやいや。そこは諦めていませんし日々学ぶことばかりですよ。単純な調理法以外にも衛生面などでも目から鱗な話ばかりで『まな板はお客様の舌に繋がっている』なんて全ての料理の教本に乗せるべき名言ですよ!」
「いや知らないよ」
何やら熱弁しているデンケンさんに「うっわ、こいつマジで料理人修行してやがる」と若干引いてる皇帝陛下。
実は裏で何やら工作でもやってんじゃないかと疑っていましたが、完全に趣味のために生きています。
「こっちは君が抜けたせいで色々大変なんだけどねえ」
「おや? 僕が居なくたって息子はちゃんと後を継いでますし、コルネリウス……インハルト侯は健在でしょう」
「そのコルネリウスも君が料理人修行をすると聞いて『情けない』と嘆いてたよ」
「んん?」
皇帝陛下の言葉を聞いて何やら考え始めるデンケンさん。
「陛下。それ前後の会話どんな感じだったか覚えてます?」
「うん? 確か日本との交渉に最初は君を使うつもりだったけど、息子に家督を譲って料理人になるとか言い始めたからコルネリウスにという流れだったと思うけど」
「ああ。それ情けないって言われてるの陛下ですよ」
「何故に!?」
今更すぎる衝撃の事実に驚く皇帝陛下。
そんな皇帝陛下を見てデンケンさんは「アッハッハ」と楽しそうに笑っています。
「日本との交渉なら強面のコルネリウスより僕の息子の方が間違いなく向いてますよ。そりゃあまだ未熟なところもありますけど、仮にも僕の息子なんですから無能なら家督なんて継がせませんし」
「いや、しかし実績がなかったし」
「だから、そんなこと言って僕の息子の能力把握してなかったでしょ。適材適所仕事割り振るのも陛下の仕事なんだから、それができてないって怒られたんですよ」
「あの短い一言でどう察しろと」
自分の臣下からの評価が予想以上に低いのではないかということに気付き、今更ながら焦る皇帝陛下。
多分そのへん含めてインハルト侯は「もっとしゃっきりしろや」と日々皇帝陛下にプレッシャーかけています。
「というか初っ端から僕やコルネリウスを頼りすぎなんですよ。御父上の代から仕えてる爺なんてまだ若造の陛下ではどうしても遠慮が出て使いづらいんだから、自分で信頼できる人材見つけてくるなり育てるなりしてくれないと」
「父上がそんなことをしていたとは到底思えないんだけど」
「うん。ぐうの音も出ませんね」
「あっさり認めやがった!?」
絶対あの親父はそこまで考えてなかっただろうという皇帝陛下のつっこみにあっさり引き下がるデンケンさん。
実際グライオスさんは自分で人材見つけなくても一人で突っ走ってたら後ろから勝手に付いてくるタイプです。
「でも陛下はどう考えても御父上とは違うタイプでしょう。何なら今から軍率いて竜王山に進出してみますか?」
「父上でもやらないだろうそんな自殺行為」
「たまに一人で竜狩りに行ってましたよ」
「止めろよ!?」
団長やオネエと並ぶ馬鹿が大陸北の大地にも。
しかも立場が国のトップな上に臣下が諦めて放置していたあたり、こちらの方が異常性は上です。
「まあそれは置いといて、今日は陛下に頼みというか提案があってきたんですよ」
「提案?」
「日本への召喚者たちの送還。そのとき僕も大使として送り込んでください」
「……」
既に隠居したはずのデンケンさんからの提案に、真意が読めず眉をひそめる皇帝陛下。
「まさか日本の料理が食べたいからじゃないだろうね」
「まさか! 僕が心配してるのはコルネリウスもご執心な魔術師の少年ですよ」
「えーと、それまさかカガトのことかい?」
心当たりは一人しかいないけれど、あのインハルト侯がご執心とは思えず半信半疑な皇帝陛下。
でも娘であるヴィルヘルミナさんによれば評価はかなり高いようです。
「彼結構面倒くさい立場になってるでしょう。何せ向こうには魔術なんてない。帰ったらどうして魔術を使えるのか、異世界に召喚された日本人でも魔術を使える人間とそうでないのがいるのは何故かと検査三昧。下手すりゃ危ない実験にでも使われかねない。
陛下もその辺を考えて門を開く魔術なんて特大の外交カードを彼に覚えさせたんでしょうけど、多分本人には重荷にしかなってませんよ」
「……使い潰されるよりはマシだと思ったんだが」
「そりゃ義務とか責任に慣れてる陛下だから言えるんですよ。一般人の彼には重すぎます」
「まあ確かに予想以上に打たれ弱かったけど」
以前限界を越えて泣き叫んでいたカガトくんを思い出し、良かれと思ってやったことが完全に裏目に出ていたことはちょっと自覚している皇帝陛下。
ちなみにその後ヴィルヘルミナさんにきっちり〆られました。
ヴィルヘルミナさんが順調に父親と同じポジションを築きつつあります。
「で、デンケンがわざわざ付いて行って守るとでも? そこまでする価値が彼にあるかい?」
「ハッキリ言えばないですね。でも日本にはかなりの好印象を与えられます」
「日本はそこまでお人よしなのかい?」
「日本がというよりは、多分向こうの世界がこっちに比べて人間の価値が高いんですよ。カガトくんあれだけの教養と下地があるのに一般人ですよ?」
「そこは確かに。あんな文官の卵みたいな人間量産して何に使うんだか」
そう漏らす皇帝陛下に「社会構造が完全に違うんでしょうねえ」と返すデンケンさん。
「ともかく、大使としてやってきた僕が気にかけているというだけでも、カガトくんの負担は軽くなります。なんなら飾りの大使でもいいんですよ」
「まあ君一人ねじ込むぐらいなら日本も了承するだろうけど」
「そうすれば僕も大した仕事せずに日本の料理を満喫できます」
「やっぱりそれが本音だろオイ」
つっこむ皇帝陛下に「アッハッハ」と笑って返すデンケンさん。
「じゃあそういうことで。お願いします陛下」
「はいはい。分かったよ」
話は終わったと退室するデンケンさんを手のひらをひらひらと振りながら見送る皇帝陛下。
しかしデンケンさんが見えなくなったところで、一つ聞き忘れたことがあったことに気付きます。
「……何でデンケンがカガトにそこまでするんだか」
二人に繋がりはなかったはずだと首を傾げる皇帝陛下。
仮にまだデンケンさんが居てその問いを聞いていたら、こう答えたことでしょう。
「コルネリウスはああ見えて身内と決めた人間には甘いんですよ」
今日も異世界は平和です。