ダーク(ヘタレ)エルフ
彼らは不満だった。
人間という種が世界の支配者であるかのように振る舞っていることが。
彼らはダークエルフ。
かつては四つの海を越え、五つの大陸を支配した偉大なるエルフの末裔である。
人間より遥かに丈夫な体と長い寿命を持ち、他の生物たちの追随を許さない膨大な魔力を持つ、生まれながらの絶対者。
しかしそれも今や過去の話。
鼠のように増えては減っていく人間たちは、その数と生命力にものを言わせてエルフの王国を滅ぼした。
人間に追われるという屈辱の中、エルフたちは人間たちが足を踏み入れない深い森の奥や秘境へとその生活の場を移していった。
遺憾ながら、数という圧倒的な暴力の前に不利なエルフたちは、人間の手の届かない場所へ逃げるしかなかったのだ。
だがそれも昔の話。
千年の雌伏の時を経てエルフの数は増えた。
人間の最大の武器を自らのものとしたのだ。
ならば今こそ立ち上がる時。
驕り高ぶった人間たちに裁きの鉄槌を下す時が来たのだ。
我らの復讐は今始まる!
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「……などということを考えておったのがそこの馬鹿者たちでしてな」
ケロス共和国の西に広がる迷いの森の奥深く。
そこにあるダークエルフの集落の広場で、椅子代わりの切り株に座ったダークエルフのご老人がズズーっとお茶をすすって言いました。
「ほほう。エルフたちにそんな歴史が」
一方隣の切り株に座って同じように茶を飲んでるお爺ちゃん先生なイサオさん。
いきなりこのお話の平均年齢が跳ね上がったように見えますが、日本在住ダークエルフなBBAのせいで以前から跳ね上がっているので気にしてはいけません。
「しかしその割にはフィデスくんたちは人間に友好的でしたよね?」
「確かに私たちも過去にエルフが世界を支配していたとは聞き伝えていますが、寿命の長いエルフにとっても数世代も前のことです。こうしてその歴史を脈々と伝えている集落もあるのですねえ」
そう感心した風に言うフィデスさんですが、その視線は完全に呆れています。
さすが意識高い系エルフ。先祖が没落したとかそれはそれと横に置いといてあまり気にしていないようです。
「だ、だって婆ちゃんが人間への恨みを忘れるなって……」
そしてそんなフィデスさんの視線に怯えながらも、でもでもだってと言い訳を漏らす数十人程のダークエルフの若者たち。
全員縛り上げられています。
別に人間が来たから復讐の機会だと暴れたわけではなく、むしろ人間が来たと逃げ回って話にならなかったからです。
人の話はちゃんと聞きましょう(強制)。
「恥ずかしながらダークエルフには粘着質な輩が多いのでのう。わしの前の長老はカラッとした方だったので表向きに不満は漏れていなかったのですが、影で延々と文句を垂れ流すからこそねちっこいと言いますか」
「なるほど。それで当事者やその下の世代ではなく、さらにその下の世代が暇を持て余した爺さん婆さんに洗脳されたと」
「何が洗脳だ!」
「人間がエルフを追いやったのは事実だろうが!」
一人が我慢できずに反論したのを皮切りに、みんなでやれば怖くないとばかりに一斉に非難の声を上げるダークエルフの若者たち。
それにイサオさんは「若いですねえ」と笑い、フィデスさんは同胞のあまりの情けなさに顔を両手で覆っています。
「……おまえたちそろそろ黙れ」
『ヒィッ!?』
しかしその勢いも現長老なダークエルフのご老人に一睨みされただけで一気に収束しました。
さすが面倒見のいいリィンベルさんすら呆れたヘタレたちです。
「……まったく情けない!」
そしてここに来てとうとう我慢できなくなったのか、嘆かわしいとばかりに頭を振って立ち上がるフィデスさん。
「例え問題のある思想であっても貫き通せばまだ見どころがあるというのに、未知の脅威に怯え既知の権威にすら抗えずただ不満を垂れ流すだけなどと! 貴方たちは恥ずかしくないのか!?」
「そ、そういうアンタだって人間に媚びて……」
「ああん!?」
「ひえぁっ!? た、助けてお婆ちゃん!」
イサオさんとの対等な友人関係を貶められたフィデスさんのガラが一気に悪くなり、凄まれたダークエルフに泣きが入りました。
この手の一見紳士的なタイプはキレると何するか分からないので怒らせてはいけません。
「ご老人! この者たち私が預かっても問題ありませんか!?」
「どうぞ」
『長老!?』
フィデスさんのいきなりの要求にほいさと気軽に答える長老と驚く若者たち。
むしろこの場面でもまだ庇ってもらえると思っていたあたりが彼らの甘っちょろさを物語っています。
「どうする気ですかフィデスくん?」
「村で働かせましょう。世間の厳しさを知れば少しマシになるでしょうし」
「しかし彼らが暴れでもしたらことでは?」
「呼び寄せている同胞が来れば数でもこちらが優位。そんな状態で暴れられる度胸があったらとっくの昔に復讐とやらを始めていたでしょう」
「ふむ。では追加で食料の手配や住む場所の準備をしなければなりませんね」
そうして着々とダークエルフの若者の受け入れ準備を始めるイサオさんたちと、これから自分たちはどうなってしまうんだとダークエルフなのに顔が白くなってる若者たち。
数日後フィデスさんの仲間たちが到着するのに合わせて村に連行されたダークエルフの若者たちでしたが、フィデスさんたちが監視するまでもなくアスカさんの押しの強さに負けてこき使われまくったそうです。
今日も異世界は平和です。