久しぶり過ぎる元騎士たち
「こちら波。定時報告、送れ」
とある平日の昼下がり。
冬にしては暖かい日差しの中、周囲が一望できるビルの屋上でコートを着込んだ男が耳を押さえながら独り言のように呟きました。
『こちら鰹。異常なし、送れ』
『こちら鱒。異常なし、送れ』
『こちら鱈。対象チェリーが目元を押さえて転がり回っているのを確認。何らかのトラブルの可能性あり。詳しい状況の調査が必要か。送れ』
「鱈。こちら波。対象チェリーのその奇行はいつものことなので気にするな。……定時報告異常なし。終わり」
そう言って言葉を切ると、大きくため息をつく中年の男性。
その顔こそ一目で異邦人と分かる彫の深いものであり、髪も青みがかった黒と日本どころか地球では見かけないものですが、表情はそこらの仕事に疲れてくたびれたおっさんと変わりません。
「異常なしか?」
「ああ。上へ報告頼む」
「了解。あー……海、海。こちら波……」
自分が使っているものより出力の強い通信機を使い報告を上げる相棒を横目に、まだ温かい缶コーヒーに口をつける男性。
二人とも言うまでもなく異世界人であり、自衛隊に体験入隊しそのまま正式に任官した元騎士たちです。
ちなみに自動販売機で温かい飲み物を売っている国というのは少なく、日本に来てから缶コーヒーにドハマりする外国人も多いそうです。
そしてCMに出ている某宇宙人を見て「あれこの人何処かで見たような……まさかな」と困惑するまでが1セット。
日本は海外の大物俳優を変なCMに使いすぎだと思うの。
「しかし暇だなあ監視というのも。これなら曹長殿に追い立てられながら走り回ってた方が気が楽だ」
「そう言うな。平和な国なんだろうここは。結構なことだ」
そう言って笑う元騎士。
自衛隊というのは昔は評価されないのが当たり前だと言われており、防衛大学の第一回卒業式においても「君たちは感謝されることなく自衛隊を終えるかもしれない。しかし君たちが歓迎されるのは国民が困窮し混乱に直面しているときだ。どうか耐えてほしい」と総理大臣が訓示を送っています。
軍というものは平時は金食い虫でありそれで終わるに越したことはないのです。
「しかし異世界の門ねえ。故郷に帰る目処がついたとは羨ましい。俺たちの国は名前を見かけないどころか、向こうの国の名前すら見覚えのないものばっかりだったしなあ」
「ああ。きっと違う大陸なのか、それとも世界そのものが違うのか。しかしおまえ帰りたいのか?」
「まさか。俺の故郷はもうここだよ。でなきゃ他の仕事も斡旋してくれるっていうのに、わざわざお国のために働くかい」
そう言って笑う相棒に、違いないと同意する元騎士。
元騎士たちの多くは、そのまま自衛隊へ自ら志願しました。
彼らは脅されていたとはいえ反乱を起こされるような王に仕えていた騎士であり、それを悔いてもいます。
今更どの面下げて国へ帰るのかと思いつつも、その後悔を何らかの代替でもいいから払拭したいと思う者が多かったのかもしれません。
「しかし正式に任官したってのに、それでもお客様扱いが抜けないというか。どうせなら監視じゃなくて護衛も俺たちにさせてくれればいいのになあ」
「それは自衛隊の仕事ではないだろう。いや本来なら監視すら俺たちの仕事ではない。上も俺たちの扱いに悩んでいるのだろう。どう使われるにせよ、俺たちはただいざという時のために備えるだけだ」
「いいねえそれ。災厄を望むわけじゃあないが、あの王に仕えてるよりは余程やりがいがある」
「だな」
そう言って笑う騎士にこちらも応えるように笑う相棒。
今日も日本は平和です。
「……しかしこのコールサイン何とかならなかったのか?」
「俺に言うな。それこそ上が決めたんだ」
平和です。