二十歳になったからとハワイで観光ついでに酒飲んだら捕まる罠
「ふー。やっぱり朝は牛乳だね!」
ケロス共和国にあるとある田舎村。
朝っぱらから朝日に向かって牛乳飲んでるのは、アサヒさんではなく農業少女なアスカさんです。
「なんでこんな寒いのに冷え切った牛乳一気飲みできるんだよ」
「おまえは寒がりすぎだろ」
一方風の子? 何それ? とばかりに厚着で縮こまっているサロスくんと呆れるスクナヒコナ様。
変なところで現実的な子なので仕方ありません。
ちなみに日本人は牛乳に耐性がなくお腹を壊しやすいとよく言われていますが、大抵は少量ずつ飲めば問題ありません。
伊達に昭和の時代から噛むように飲めとは言われていないのです。
「もし。少しよろしいかなお嬢さん」
「はい?」
玄関を全開にし腰に手を当て牛乳を飲むというある種の奇行をしていたアスカさんに、声をかけてくる影がありました。
「スクナヒコナ様らしきお方が居るということは、君が明石くんかな?」
そう言ってにこやかな笑みを浮かべるのは、白髪を短く刈り込んだ柔和な物腰の老人。さらにその後ろには、整った容姿の金髪の青年が。
その美青年を見た瞬間、縮こまっていたサロスくんが毛布を脱ぎ捨てて戦闘態勢に入りました。
「そうですが。貴方は?」
「ああ、これは失礼しました。私は梁井イサオと申します。老いぼれているので分かりづらいかもしれませんが、日本人です。こちらは友人のフィデスくん」
「はじめましてお嬢さん」
現れたのは、意識高い系エルフの集団に召喚されたお爺ちゃん先生なイサオさんでした。
日本人と聞いてアスカさんが警戒を解き、サロスくんが別の意味で警戒を始めました。
「日本人……ということは日本に帰れるという話を聞いて来たんですか?」
「いえいえ。その話自体は風の噂に聞いていますが、私はまだ帰るつもりはありませんので」
「私たちとしては連絡くらいはすべきだと言ったのですが、イサオは興味のないことにはものぐさで。こちらを訪ねたのは、米の栽培を行っているのと、お酒を造る計画があると小耳に挟んだからです」
「ああ。スクナヒコナ様が前に言ってた」
どうやらイサオさんとフィデスさんは、この村で米が栽培されている上に昔ながらの酒造が見学できるかもしれないと聞き、居ても立っても居られず「イヤッホウ!」と森を飛び出してきたようです。
以前なら掟云々と言っていたであろうフィデスさんがさらっと付いて来ているあたり、森のエルフたちが確実に日本人に汚染され始めています。
「小耳って精霊にでも聞いたのか? 残念ながら酒はまだ造り始めてすらいねえぞ」
「なんと!? 何か問題でも?」
「問題というか。米が予想以上に売れちまって食用以外に使う余分があんまないんだよ。あとやるなら作業の中心になるアスカがあんま興味持ってくれないんだよな」
「だって私お酒飲んだことないですし」
今でこそ村人たちの全面協力を得られている米作りですが、最初はアスカさんが率先して動いていましたし、暇があれば手伝ってくれる程度で最初から全力で米作ってたわけではありません。
いきなり酒作るぞと言ってもアスカさん以外にそれに四六時中関われる人間が居ないのです。
「ほほう。つまり人手が足りないわけですね」
そう言ってキランと目を光らせるフィデスさん。
それを見て嫌な予感がするサロスくん。
「それなら私たちの森から同胞を呼び寄せましょう。今すぐに!」
「おまえら本当にエルフか!?」
あっさりと脱森宣言するエルフにつっこむサロスくん。
どうやら出番がなかった間にイサオさんはエルフたちをバッチリ洗脳完了していたようです。
「お、そりゃ助かるな。ついでにこの村の西にダークエルフの集落があるんだが」
「それは是非挨拶に行かなければ!」
そしてついでとばかりに西に潜んでるダークエルフの対処を流れるように押し付けるスクナヒコナ様。
コミュ障な引きこもりに暑苦しい意識高い系をぶつけるという非道な行為です。
「お酒というのは古来から神事にも深くかかわっておりまして……」
「ふむふむ」
そしてアスカさんが酒に興味ないと聞き、突発講義を始めるお爺ちゃん先生と結構興味深げなアスカさん。一人ついていけないサロスくんが遠い目になっています。
ちなみに後日この村にエルフとダークエルフが大量に移民してきたと聞き、大統領のカルモさんが「どうしてそうなった!?」と頭を抱えたのは別の話。
今日も異世界は平和です。