酔ってない(酔ってる)
夜も更け深夜と言ってもいい時間帯。
いつもは飲んだくれているおっさん三人も自室にひっこみ、遅めに帰宅した安達くんも床についたであろう時間帯に、安達家のリビングで何やらごそごそとしている影がありました。
「……」
足音を忍ばせて冷蔵庫に接近。中を物色した後に何やら食器の類まであさっている影。
その影の手がリィンベルさんによって厳重に管理されている酒類に伸びたところで――。
「……何をこそこそとやっているのだ貴様は」
パチッという音と共にリビングの明かりがつき、グラウゼさんの呆れたような声が響きました。
「おっと。気付かれましたか。気配は消したはずなのですが」
「気配は消しても音が丸聞こえで逆に不審だったわ。というよりも本当に何をこそこそしている家主」
「はは。他の方たちを起こしてはいけませんからね」
そう言って酒瓶片手に笑って言うのは、既に寝ていたはずの安達くんでした。
「一人で酒盛りか? 言えばあの小娘やリィンベルならば用意しただろうに」
「いえいえ。寝付けなくて急に飲みたくなりまして。寝酒は体に悪いとは分かってはいるのですが、どうしても飲みたいときはありますからね」
「ふん。まあ一国を任されているのならば酒でも飲まんとやっておれんだろう」
そう安達くんに返しながらも、戸棚から柿の種やらさきイカやらつまみになりそうなものを引っ張り出すグラウゼさん。
相変わらず口ではあーだこーだ言ってる割に馴染んでいます。
「それで、何か気がかりな事でも起きたか?」
「分かるのですか?」
「さてな。ただ寝付けないというのなら何か考え事でもあったのではないか?」
そう言いながらいつの間にかテーブルにつき、お互いのグラスに酒を注ぐ二人。
どうやらグラウゼさんも夜行性のくせに真夜中から飲むつもりのようです。
「いえ。むしろことは順調に進んでいますよ。召喚被害者返還の第一陣もほぼ決まりました」
「ほう。では私もようやく帰れるわけか。まあ帰ったところで魔界も様変わりしたようだが」
何せ日本人の中でも有数のフリーダムである関西人な魔王様が誕生しているのです。
日本に来て丸くなったと自覚しているグラウゼさんですが、魔界に戻ったら日本に居た時以上のさらなる理不尽に見舞われることでしょう。
主に魔王様のせいで。
「となるとむしろ肩の荷が下りるだろう。何がそんなに不安なのだ?」
「いえ。不安はありません。ただ……」
そこまで言うと安達くんは酒を一口含み、ゆっくりと飲み下すと呟きました。
「皆さん。ここから居なくなってしまうのだなあと」
「……」
その呟きを聞いたグラウゼさんは意外そうに眼を見開き、そして次に面白そうににやつきながら言います。
「意外だな。おまえが異世界人をまとめて引き取るなどという酔狂なことをやっているのは、打算あってのことだと思っていたが」
「打算ですよ。実際フィッツガルドとの交渉は私とグライオスさんの個人的な友誼のおかげで優位に進むことでしょう。ですが……」
そこまで言うともう一度酒に口をつける安達くん。
「家族というのはこんなにも暖かいのだと。ずっと忘れていたのが私の誤算だったのでしょう」
そう観念したように呟く顔には、迷子になった子供のような戸惑いと孤独の色がありました。
「なんだ。そんな当たり前のことも忘れていたのか」
それに対し、グラウゼさんは呆れたように笑いながら酒をつぎ足します。
「なるほど。おまえのような策士は人の感情すらその謀りの中に入れているものだと思っていたが、肝心の自分の感情を読み違えたというわけだ。いや愉快だ。ざまあみろ」
「言いますね。何か私に恨みでも?」
「ない。むしろ感謝すらしている。今のは八つ当たりのようなものだ。気にするな」
珍しく微笑みながらではなく胡乱な目をして問う安達くんに、酔いが回ってきているのか早口に返すグラウゼさん。
そうでなければ素直に礼など言わなかったことでしょう。
「娘はいいぞ。男にとって最後の恋人のようなものだ。などと言ったらキモイと言われて死にたくなったのも良い思い出だ」
「随分と辛辣な娘さんですね」
「思春期の娘などそんなものだ。あの召喚師の娘もその内おまえに臭いとか言い出すぞ。間違いない」
そういうグラウゼさんですが、そのグラウゼさんの娘であるミラーカさんは間違いなく世間一般よりもキツイというかドSです。
グラウゼさんが魔界に帰還しても「え? 生きてたの?」と心を折りに来ることでしょう
「しかし別に私たちが全員帰るというわけでもあるまいに、何をそんなにへこんでいる」
「だって寂しいじゃないですか」
「いい歳こいて何を拗ねている」
シーナさんが聞いたら「私が一生寂しがらせません!」とはっちゃけそうなことを言う安達くんと呆れるグラウゼさん。
そして寂しいと言いながらもシーナさんが政略結婚を水面下で推し進めているのには気付いていて、既に粉砕しにかかっているのは流石です。
今から国元に連絡取ろうとしているシーナさんとはスタートダッシュで完全に差がついているので当たり前の対応速度でもありますが。
「仕方ない。では私も骨を折ってやろう」
「はい?」
不意にポンと膝を叩き、何やら得意げに言い始めるグラウゼさん。
「異世界の門を開く魔術とやら、私も習得しよう。そして定期的に『家族』を引き連れて貴様を襲撃してくれる。もはや貴様はおはようからお休みまで家族に囲まれ畳の上で大往生するのは決定した。覚悟しろ!」
「グラウゼさん酔ってますね?」
「酔ってない!」
酔っぱらいの定型文を叫びながらヒックとしゃっくりするグラウゼさん。
どう見ても酔っています。
「はあ、家族に囲まれて大往生ですか。それはまた幸せそうですねえ」
そう言って微笑みながら、酔ってないと豪語するグラウゼさんのグラスに酒を追加するこんな時も何気に鬼畜な安達くん。
今日も日本は平和です。