登場したらほぼ確実に破られるために存在する封印
「あ」
「ん?」
フィッツガルド帝国の帝都の北に位置する小さな村。
交通の要所である故に人の出入りは多いものの、帝都まで一刻程という間近であるために長期滞在する者は皆無という寂れた村。
そんな村の入口にて、日本人の少年と青年が邂逅していました。
「えーと、カカトさんだっけ」
「カガトだ。つま先でも踵でもなくカガトだ」
ポンと手を打ち思い出したとばかりに言うマサトくんと、憮然とした様子で訂正するカガトくん。
境遇的には似通った二人ですが、どうやら性格は致命的なほどに会わないようです。
片方は性格合うとか以前に対人コミュニケーション能力に多大な問題がありそうですが。
「あーそうだカガトさんだ。どうしたのこんなところで?」
「こんなところって。この村は小さいが帝都に通じる重要な要……」
「僕は帝都に戻ろうと思ってたんだけどね。転移を使えば一瞬なんだけどそれだとつまらないからのんびり歩いて帰ってるんだ」
「……」
質問しといて答えを遮るマサトくんに、ホントこいつ人の話聞かねえなと文句も言わずに諦めの境地なカガトくん。
人間時には諦めが肝心です。
ちなみにカガトくんがマサトくん曰くこんなところに居るのは、皇帝陛下にまた仕事を押し付けられそうになったところをヴィルヘルミナさんの機転でうまいこと逃げ出してきたからです。
「しばらく息抜きしてきなさいな」と送り出されましたが、表向きには転移魔術の実験のため各地へ視察という扱いになっているので費用はインハルト家持ちです。
さすがヴィルヘルミナさん。カガトくんのストレスを発散させつつも順調に自分への恩と依存心を高めています。
「そうだ。そういえばカガトさんも魔術師なんだよね」
「その『も』って自分も含めてないだろうなおまえ」
勇者としては認めつつもてめえが使ってるのは魔術じゃねえと譲れない一線があるらしいカガトくん。
そもそも男の子らしく勇者に憧れがあったカガトくんにとってマサトくんはちょっとした嫉妬の対象です。
もしこの作品がシリアスだったらヴィルヘルミナさんと出会う前にマサトくんとやりあって踏み台にされていたことでしょう。
「変なもの見つけたんだけど何なのか分からないかな?」
「変なものって。おまえの仲間にも魔術師居ただろ……ってそういえば仲間どうしたおまえ?」
「うん。気が付いたらはぐれてた」
「この何もない村で何故はぐれられる」
パーティからパーティのリーダーがはぐれるという異常事態。
でもマサトくんのパーティの実質的なリーダーはデュラハンさんだから問題ありません。
きっと今頃胃を押さえながらマサトくんを探し回っていることでしょう。
「で、何を見つけたって?」
「うん。これなんだけど」
「何だ。宝石……?」
マサトくんが取り出したのは、握りこぶしほどの大きさの赤い宝石のような石。
ただしその赤は淀んだ血というか毒々しいというか、ともかく一目見ただけでヤバいと分かる代物です。
「……これどっから持ってきた?」
「村はずれの祠っぽいものの中に入ってた」
「おまえはホラー話の発端になる少年Aか」
その辺の村人が聞いたら「おまえ行ったんか? あの祠に行ったんか!?」とかお約束な反応が返ってきそうなやらかしっぷりにつっこむカガトくん。
でもこの少年Aは祟られたりしても間違いなく死なないどころか元凶返り討ちにします。
「まあ見た目ほどヤバい魔力は感じないな。祠っていうなら土地神でも祀ってるだけかもしれないし。いや、でもこれは何かの術式が組まれてるのか?」
「術式?」
「ああ。内向きになってるから何なのかはよく分からないが、下手に手を出さなければ問題になるようなものでは無さそう……」
「えい」
カガトくんが説明しているのを尻目に、おもむろに手刀で宝石を真っ二つにするマサトくん。
流石バグ勇者。市販品の腰の剣とか飾りです。
「……何故壊した?」
「内向きになってて分からないなら割って中を見れば分かるかなって」
「術式ごと真っ二つになってんじゃねえか!? しかもいかにもな煙が漏れてるし!?」
カガトくんがつっこんでいる間ももくもくと宝石だったものから出続けている謎の煙。
しばらくその煙はあたりを漂っていましたが、急に風が吹いたかと思うと、渦を巻くように一ヶ所に集まり始めました。
「……ライオン?」
「どこがだ。いやネコ科っぽくはあるが」
そして現れたのは、獅子のような鬣を生やした四つ足の獣。
ただしその大きさが尋常ではありませんでした。
四つ足だというのにその背はそこらの家より高く、二人のすぐそばにある顔は一口で人間を丸のみにできそうなほど。
その獣はしばらく二人をじっと見つめていましたが、不意に口を開けると咆哮と共に丸太のような前足で殴りかかってきました。
「うわあ」
「危な!?」
それを気の抜けた声を漏らしながら避けるマサトくんと、ついでに引っ張って運ばれるカガトくん。
情けなくも見えますが、カガトくんは完全に研究者肌の魔術師なので咄嗟に反応とかできないのは仕方ありません。
「おまえどうすんだコレ!?」
「よし! 倒そう!」
「何で楽しそうなんだよ!?」
カガトくんを安全地帯に運ぶなり剣を抜いて獣へ挑みかかるマサトくん。
剣は飾りじゃなかったのかって?
雰囲気は大事です。
「とりゃー!」
「何でこんなことに!?」
そしてそのまま獣に斬りかかるマサトくんと、放っておいたら被害が拡大しそうなので援護に回るカガトくん。
今ここに小さな村を救うための勇者の戦いが始まりました(原因:勇者)。
今日も異世界は平和です。