不味いカレーを作るというある意味奇跡
「ふー、やっぱり夏はカレーだな!」
メルディアの王宮にある食堂。
そこで最近メニューに追加されたカレー(中辛)をがっついていた騎士が、顔面を汗まみれにしながら笑顔で言い放ちました。
「いや、暑いのに何故カレーを食う」
一方テーブルの対面で呆れたようにパスタを食べるもう一人の騎士。
ちなみにスパゲッティの類にスプーンがついてくるのは日本ぐらいのもので、もうラーメンすする日本人ばりにソースが飛び散るのは確定事項なので諦めましょう。
元々そんな気取った食べ物ではないのです。
「いやいや、副団長が言ってたんだよ。夏は冷たいものよりむしろ熱いものや辛いもの食べて汗かいた方が涼しくなるって」
「で、涼しいのか?」
「暑い!」
芋を食ったら屁が出るくらい当たり前なことを笑顔で言われてますます胡乱な目になるもう一人の騎士。
もっとも辛い物を食べれば汗をかいて結果的に涼しくなるのは事実ですし、食欲増進効果もあるので夏バテ対策には有効です。
水分補給はしっかりしましょう
「あれ? おいグレイスじゃないか」
「ん? ああ、おまえたちか。今日は午後から非番ではなかったか?」
カレーを食っていた騎士に呼ばれて振り返ったのは、役職持ちでもないのに騎士団のオカンと化しているグレイスでした。
主に団長がアレなので仕方ありません。
「休みに入る前に飯食っておこうと思ってさ。最近ここの食堂美味いからな」
「ああそうだな。少し前なら私が飯はちゃんと食えといくら言っても逃げ出すやつが居たくらいには不味かったからな」
「藪蛇!?」
昔のことを引っ張り出して半目で睨めつけてくるグレイスに怯えたような演技をして肩をすくめる騎士。
どうやらその飯食わずに逃げてた筆頭のようです。
「しかし顔色が悪いなグレイス。何か悩み事か?」
そんなやり取りを苦笑いで見ていたもう一人の騎士が、グレイスの顔を見て心配そうに言いました。
「ああ、悩みというほどでは……。いや、いっそおまえたちのような者に聞いてみた方がいいのか……?」
その言葉を最初は否定したものの、何やら呟いて考え込むグレイス。
その様子を見てまた団長が何かやらかしたのかと顔を見合わせる騎士二人。
「実はな、最近王子からドレスや装飾品のような贈り物が届くようになってな」
『おお!』
ハインツ王子がグレイスに恋慕してるのはもはや公認の事実だったので、ついに腹を決めたのかと色めき立つ騎士二人。
「これはもしや殿下からの嫌がらせだろうか?」
『何故そうなる!?』
しかし続いたグレイスの言葉に同時に卓を叩いてつっこむ騎士二人。
普段からコンビを組んでいるだけあり実に息が合っています。
「何故も何も。私が殿下付きの騎士などという分不相応な地位に居るのは、殿下自身が望んだからだ。その殿下があからさまに騎士をやめろと言わんばかりの贈り物をしてくるということは、自分の騎士をやめろということではないか」
『……』
グレイスの言葉に確かにそう見えないこともないと納得し沈黙する騎士二人。
ここで自分に求婚しているとグレイスが思わなかったのは、今まさにハインツ王子の婚約者候補でもめている最中だからでしょう。
シンデレラストーリーなんて現実で起きたら袋叩きにされるだけなのです。
「これって王子が悪いのか?」
「グレイスが鈍いのもあるけど悪いのは王子だろうな」
とりあえず状況を理解して重い息をつく騎士二人。
どうすれば丸く収まるんだこれと悩んだ末に、オネエに丸投げすることを決めるのでした。
今日も異世界は平和です。
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「なんてことがあったらしいのよ」
「……」
少し時間が経っての王宮にあるハインツ王子の執務室。
部下である騎士二人からグレイスが誤解していると報告を受けたオネエが、王子のその残念すぎる事実を伝えていました。
「……何が悪かったのだろう」
「そのヘタレな態度でしょ」
「グハァッ!?」
オネエにバッサリと斬られて胸を押さえるハインツ王子。
事実なだけに反論できません。
「だってそれくらい察してくれてもいいじゃないか! 何でプレゼントして嫌がらせだと思われなきゃならないんだ!?」
「まあそこはグレイスの発想も抜けてるとは思うけれど」
俺は悪くぬぇーと叫ぶハインツ王子に一定の理解は示すオネエ。
一つため息をつくと、ゆっくりと王子に語り始めます。
「殿下。私が妻と幼馴染だったという話はしたわよね」
「ああ。しがらみもなく四六時中一緒に居られるなど羨ましいと思ったからよく覚えている」
「確かに一緒にいるのにしがらみはなかったわねえ。しがらみがあったから一緒に居たのもあるんだけど」
隣の芝生は青いなんていう言葉を思い浮かべながら苦笑するオネエ。
ハインツ王子は決して王族としての義務を投げ出すような人間ではありませんが、それを煩わしいと思う程度には普通の人間だったのでしょう。
「ずっと一緒だったから、それこそ相手の考えてることなんて言わなくても分かるくらいだったわ。でもね殿下。いくら気心が知れていても、言葉にして言ってもらわないと信じられないこともあるの」
「……」
オネエの言葉に虚を突かれたように黙り込むハインツ王子。
相手を信じるふりをして何も言わないのはただの甘えだと、そう言われた気がしたのです。
「別に今すぐグレイスとの関係をどうこうする必要は私もないと思うわ。でも自分がグレイスをどう思ってるのか、将来どうなりたいのか、ちゃんと話しておいた方がいいんじゃない?」
「……そうだな。きっとそうなんだろう」
オネエの言葉に納得し、何度も頷くハインツ王子。
どうやらようやく決意を固めたようです。
「まったく……羨ましいのはこっちだっていうのにね」
そんなハインツ王子を見て、オネエは何かを懐かしむように呟くのでした。
今日も異世界は平和です。