前回の話の保存ファイル名が「ヒゲダンス」だった謎
ついに始まる世界初の異世界間外交交渉。
首相官邸と宮廷の一室を繋いだ『窓』を挟んで、それぞれの代表が対峙しました。
「お初にお目にかかります。フィッツガルド帝国皇帝陛下より今回の交渉を任されましたコルネリウス・フォン・インハルトと申します」
異世界側の代表でありフィッツガルド帝国の代表は皇帝より全権を委任されたインハルト侯。
ローマンさんのお義父さんになるはずだったインハルト侯です。
そのことを聞いたローマンさんが「やはり私の判断は間違っていなかった」と胸を撫で下ろしたのはいうまでもありません。
もっとも異世界間の移動が可能になれば嫌でも顔を合わせるので、問題の先送りにしかなっていませんが。
「ご丁寧なあいさつ痛み入ります。私は日本国において内閣総理大臣を務めております安達と申します」
対して日本側の代表は安定の安達総理。
向こうが皇帝の代理なのに日本側が外務大臣な柳楽くんではないのはつり合いがとれてないようにも見えますが、日本にはまだ外交におけるリーサルウェポンともいえる天皇陛下が控えているので大丈夫です。
実権はないとはいえその権威は世界最強レベルです。
色々恐いので作中には出ませんが。
「ところで……そちらの通訳の方が顔色が悪そうですが大丈夫ですか?」
自己紹介が終わりさあ本題に入ろうかというところで、安達くんがインハルト侯の隣に控えている人物を見て疑問の声をあげました。
「……大丈夫です。お気遣いなく」
そういうフィッツガルド側の通訳ですが顔が白いです。
というかカガトくんです。
そりゃただの学生が国家間の交渉に引っ張り出されたら胃も痛くなるし貧血にもなります。
「肝っ玉の小さい小僧じゃのう」
一方カガトくんの姿を見て、他の人には聞こえないように呟く日本側の通訳なリィンベルさん。
確かにカガトくんの肝は小さいですが、リィンベルさんは数百年生きてる年季の入ったBBAなので同じ基準で考えてはいけません。
「さて、さっそく交渉といきたいところではありますが、今回はお互いの情報の確認とすり合わせを優先したいのですが」
「ええ。私も同じ意見です」
そう言って人の良さそうだけれど見る人が見れば詐欺師な笑みを浮かべる安達くんと、いかにも何か企んでそうな笑みを浮かべるインハルト侯。
どちらも相手が出し抜く気満々だと見ましたが、今回に限ってはどちらも誠実に行くべきだと判断しているので実は腹の読み合いは徒労です。
日頃の行いが顔に出ているせいで、今ここに狐と狸の騙すつもりがない騙し合いが始まりました。
今日も日本と異世界は平和です。
・
・
・
「始まったね」
人間界の様子を眺めながら、静かに言う高天原の長であるアマテラス様。
珍しくシリアスモードです。スサノオ様が見たら「誰だお前は」というレベルでシリアスです。
「うむ。だがまあ今のところは問題なさそうだな」
それに頷いて返すのはオリュンポスの長であるゼウス様。
こちらも珍しくセクハラ封印して真面目です。
アマテラス様相手にはセクハラする気も起きないわけではありません。
「……というかおぬしら何故此処に居る?」
そしてそんな二人を見て、疲れたように言うアスガルドの長であるオーディン様。
片方しかない目が胡乱な目になっています。姿が老人なせいもあり、かなりくたびれているように見えます。
「何故って、いつまで経ってもオーディンが異世界問題こっちに丸投げしてくるから」
「トールとか派遣したじゃろ」
「それは部下に丸投げしただけだろう」
文句を言うオーディン様に即座に文句を言い返すアマテラス様とゼウス様。
どうやら異世界問題を真面目に話し合う気がないオーディン様の居るアスガルドに、いい加減にしびれを切らした各神族の長が乗り込んできたようです。
「というか今回の問題の発端の一つって間違いなくオーディンのとこでしょ。人間が外部からの入れ知恵なしで、異世界を観測する前に繋ぐ技術なんて生み出せるわけないんだから」
「それを言ったらゼウスのところも……」
「私は面白そうだからあえて放置した!」
矛先をそらそうとしたオーディン様に、何ら恥じ入ることはないとばかりに胸を張って言い放つゼウス様。
さすがはギリシャ神話における大体の騒ぎの元凶です。
「というか自分たちが異世界召喚の技術を人間界に漏らしたのは否定しないんだ」
「……わしの記憶には何もないな」
「オイ知恵の神」
「せめて言い訳してよ」
しれっと言い放つオーディン様に同時につっこむゼウス様とアマテラス様。
世の中に嘘と分かりきってる嘘ほど論破しづらいものはないので質が悪いです。
「あー分かった分かった。誰が異世界召喚の技術を漏らしたかの調査と、今後問題が起きぬよう対処。どっちもやるから勘弁してくれ」
「やれやれ。やっと折れたか」
「最初からやっとけば面倒も少なかったのにね」
そんな文句を言うアマテラス様ですが、ツクヨミ様が聞いたら間違いなく「姉上が言いますか」とつっこみをいれます。
ともあれ神同士の話し合いも一応終わり、帰っていくアマテラス様とゼウス様。
一人残されたオーディン様は疲れたようにため息をつきます。
「おや? アマテラスとゼウスはもう帰ったのかい。というか何を悩んでるんだいオーディン?」
「おまえをどうやって売るか考えていた」
「アハハ。何故に?」
悩んでるオーディン様をよそに能天気な笑みで現れたのは、オーディン様の義兄弟でありアース神族と巨人族のハーフであるロキ様です。
簡単に言えば北欧神話における大体こいつのせい枠の神様です。
「心当たりがないのか?」
「うん。ありすぎて分かんない」
「もうヤダこの神」
自分が把握している以上にやらかしてそうな発言に、頭を抱えるオーディン様。
今日もアスガルドは平和です。