表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

134/528

ドイツ語の中二力の高さは異常

 デンケン候とインハルト候。

 フィッツガルド前皇帝であるグライオスを早くから主君と仰ぎ支え両翼と呼ばれた彼らではあるが、その在り方は真逆と言っていいほどに異なる。


 デンケン候は名より実を取ると見せかけて、最終的に名も守る。

 飄々とした貴族らしくない風を装いながら、敵対した人間は破滅へと誘い自らは勝者の立ち位置から動かない策士。

 味方であれば頼りになり、敵となれば恐ろしい典型的な人間である。


 対するインハルト候は、味方からも恐れられる鬼の類である。

 他者に厳しく、また己にも厳しい。


 恩には報いを。

 罪には罰を。

 裏切者には死を。


 ただそれだけのことを徹底しただけではあるが、命乞いをする人間を眉一つ動かさず処断するその姿に人が恐れを抱かぬはずがない。

 加えてグライオスの政敵を糾弾し徹底的に追い詰めるその手腕は、特に反意のないものでも「もし機嫌を損ねでもすればありもしない罪で投獄されるのでは?」と恐れを煽った。


 実際にはインハルト候が誰かに冤罪をかぶせることなどなかったのだが、噂というものは尾ひれをつけて羽ばたいていくものである。

 そうしてインハルト候は、前皇帝であるグライオスすらちょっと引くくらい恐い人であると認定されたのである。



「ほう。私に日本国との交渉をしろと」


 皇帝の執務室で確認するように言ったのは、ヴィルヘルミナさんのお父さんであるインハルト候です。

 眉間に皺が寄っています。というか目力が凄いです。

 相対する皇帝陛下も「あー」とか「うー」とか言いながら微妙に目線を反らしています。


「いや、最初はデンケンに頼むつもりだったんだけど、彼いきなり息子に家督譲ったと思ったら『料理人として第二の人生を歩みます』とか言い始めちゃってね」

「……嘆かわしい」

「あ、はい。すいません」


 目を閉じ重々しい声で言ったインハルト候に、思わず謝っちゃう皇帝陛下。

 恐いもんは恐いんだから仕方ありません。


「だからと言って何故私を矢面に出そうなどと思ったのですか。かの国は話を聞いた限りは国力に見合わぬほどのお人よしです」

「えーと、だから君ならお手のものかなと」

「違います。なればこそこちらも誠意を見せるべきだと言っているのです」

「ええー」


 何か予想していたのとは正反対のことを言われ素で驚く皇帝陛下。

 そのせいでまたインハルト候に睨まれたので、慌てて背筋を伸ばしました。


「お人よしであることと間抜けであることは別です。正道を良しとするものは不義を嫌うもの。もし彼らを裏切るならばその笑顔は憤怒へと変わりましょう」

「外交はそういう駆け引きが肝だろう」

「それで相手の不興を買えば本末転倒だと言っているのです」


 予想以上の慎重さに今度は皇帝陛下が眉をひそめます。

 実のところインハルト候は娘であるヴィルヘルミナさんを通じて日本の情報をかなり細かく入手しており、ある意味一筋縄ではいかないと把握しているのです。


 あとついでに日本はそのお人よしっぷりのせいかかなりの外交下手であり、そのせいで戦争に突入したとすら言われています。


 日本が何でも笑顔でいうことを聞いてくれると思い調子に乗ったら、戦艦を沈められていた。

 な、何を言っているか(略)。


「そもそも事の発端は、我々がかの国の民を拉致したことだというのをお忘れですか」

「それはあちらも同じことをしたからお互い様だろう」

「ほう。いきなり殴りつけておいて、殴り返されたらこれで終わりにしようとぬけぬけと言い放つと」

「……素直に詫びを入れろと? 国というのはなめられたら終わりだろう」

「なめられていいのです。そもそも交渉を始めるにはあまりにもお互いのことを知らなすぎます。何故調査や交流をすっ飛ばして交渉など申し込んだのですか?」

「えーできそうだったからつい」


 インハルト候の目がギラリと光り、皇帝陛下が椅子ごと後退りました。

 何このおっさんマジ恐い。


「……分かりました。お受けしましょう」

「た、助かる」


 そうして話は終わったとばかりに退室するインハルト候と、ほっと息をつく皇帝陛下。

 しかし退室直前に振り返ったインハルト候の目がクワッと開くのを見て、再び恐れおののくのでした。



「ただいま戻った」

「あら。お帰りなさいお父様」

「ヴィルヘルミナ……私の顔はそんなに恐いだろうか」

「何を今更。泣く子も黙る程度には恐いですわね」


 娘の遠慮のない評価に忌々し気に口元を歪めるインハルト候。

 確かに泣く子も黙りそうですが、一方のヴィルヘルミナさんは心配そうに眉尻を下げています。


「お父様。人相が悪いのは治しようがないのですから、いい加減に諦められた方が」

「娘にまでそんなことを言われるとは思わなかった」


 一見怒っているように見えたインハルト候でしたが、実は落ち込んでいたようです。

 世話好きのお人好しな割に悪役令嬢系な顔立ちのヴィルヘルミナさんといい、どうやら顔立ちで誤解を受ける一族だったようです。


「もうわし飯食って寝る」

「お父様。もうお歳なのですから暴飲暴食は控えた方が」


 そして落ち込んでいる父親にも容赦ないヴィルヘルミナさん。

 いじめではありません。父親の体調を案じた愛です。


 今日も異世界は平和です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらの作品もよろしくお願いします。

スライムが倒せない
 とある田舎の村の少年レオンハルトは「冒険の旅に出たい」という夢を持っている。
そのため手始めに村の近くに出没したスライムで魔物との戦いの経験をつもうとしたのだが……。
コメディーです。
― 新着の感想 ―
[一言] 「日本が何でも笑顔でいうことを聞いてくれると思い調子に乗ったら、戦艦を沈められていた。 な、何を言っているか(略)」 学校じゃ教えない戦争の真実ってやつですねえ。 世界恐慌の穴埋めに属…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ