伏線じゃない所を伏線だと思われて「あ、うん。そうだね」となることがある
「おーい! 焼き飯のおかわりおくれ! 大盛りでな!」
「酒追加だ! つまみもおかわり頼む!」
ドワーフ王国にあるジュウゾウさんのお店。
今日も一仕事終えたドワーフたちが入り浸り、美味い料理と酒をドカドカと胃に入れています。
「ふー。やっと着いたな。カレーはまだ残っているだろうか」
「別にカレー以外もうまいからいいだろう」
「うるさい。今日はカレーの気分なんだ」
そんなドワーフだらけの店を訪れる、軽装ながらも見ただけで鍛えていると分かる人間の男たち。
オネエによりカレー中毒に陥り、さらにはジュウゾウさんの料理に魅せられてしまったメルディアの騎士たちです。
「いらっしゃいませ。こちらのお席へどうぞ」
そんな騎士たちをあいているテーブル席へと案内するデンケンさん。
すっかり接客が板についています。
「ありがとうございますデンケン候」
「今日のおすすめは何でしょうかデンケン候」
「今日はカレーはまだ残ってますかデンケン候」
そしてそんなデンケンさんを候と敬称つけて呼ぶ騎士たち。
正体分かってるのに平然と接するあたり、いろんな意味で染まってるのが分かります。
「……やっぱり侯爵様だったんだね」
「……」
そしてそんな様子を横目にしながらも、料理の手は止めないバーラさんとジュウゾウさん。
ジュウゾウさんの目が死んでいます。
「しかし何で侯爵なんかが修行に来てるんだろうね」
「……皇帝陛下も頼まれたら嫌だと言えなかったんじゃないですか?」
「なんだいそれ? 侯爵って言っても一貴族だろう。何で皇帝が気をつかうのさ」
「いや、やっぱり気になってミィナさんに調べてもらったんですけどね。帝国には先帝が帝位を継いだばかりで不安定だった時期から、それを支えて重用されていた貴族たちが居たそうなんです。その中でも両腕と呼ばれたのが、コルネリウス・フォン・インハルト候とアルフレート・フォン・デンケン候の二人らしいんですよ」
「……まさか」
「いやいや。僕はそんな大したことはしてませんよ」
『おわあ!?』
内緒話をしていたらいつの間にか横にデンケンさんが居たので、驚いて声をあげるジュウゾウさんとバーラさん。
それでも手元はまったく狂っていないさすがのプロ根性です。
「それにデンケン候って呼ばれてるのだって、あだ名みたいなもので事実じゃないですよ」
「え……? 侯爵様じゃなかったんですか?」
呆気にとられたように言うジュウゾウさんに、にこりと笑みを深くして頷くデンケンさん。
「爵位は息子に譲りましたから」
「やっぱり本人じゃないですか!?」
あっさりと言うデンケンさんとつっこむジュウゾウさん。
今日も異世界は平和です。
・
・
・
「ローマンよ。そういえばデンケンのやつは元気にしておったのか?」
一方日本の安達くんの家。
食後にのんびりとコーヒーを飲んでいたグライオスさんが、ふと思い出したようにローマンさんに問いかけます。
「父上のことですか? 少なくとも私がこちらに来る前は元気でしたよ。早く兄上に家を任せて引退したいと言っていたので、今頃は気ままな隠居生活でもしているでしょう」
ほとんどの読者は忘れているでしょうが、ローマンさんの家の名前はデンケンといいます。
つまりはジュウゾウさんの店で働いているデンケンさんの息子になるわけですが、読者に指摘されるまで作者も忘れていたのは内緒です。
「そうか。あやつも変わり者であったからな。貴族生活はさぞ窮屈だったことだろう。おぬしも手習い程度に料理ができるのは、あやつが仕込んだからであろう」
「母上にバレてからはやめさせられましたけどね。別に私は家を継ぐわけじゃないから構わないじゃないかと父上は反論していましたが、まさかその後すぐにヴィルヘルミナとの婚約を取り付けてくるとは」
どうやらローマンさんの父親のデンケンさんも、皇帝だったグライオスさんに負けず劣らずの変人だったようです。
メルディア王国といいガルディア王国といい、異世界にまともな王侯貴族は居ないのでしょうか。
「しかしおぬし婿に入る立場でよく婚約破棄しようなどと思えたな」
「あの時の私は正気じゃなかったんです。もう勘弁してください」
過去の恥部を掘り返され頭を抱えるローマンさん。
実は本当に正気ではなかったのですが、真実を知らない本人の中ではこれからも黒歴史として深く刻み込まれることになるでしょう。
今日も日本は平和です。