日本のほほん滞在記
日本の内閣総理大臣。
天皇陛下を除けば日本で一番偉い人ですが、海外ではコロコロ変わることでも有名だったりします。
そんなにトップがコロコロ変わって大丈夫なのかと言われそうですが、今まで大丈夫だったので多分問題ありません。
むしろ海外でも王様の居るタイなどは、政権が腐ると軍がクーデターを起こし王様が騒ぎを治めるまでがテンプレート化して恒例行事と化していたりします。
逞しいですね。
「うん。これなら」
そんな内閣総理大臣な安達くんの家のキッチンで、朝食作りに励んでいる少女が居ます。
日本はもちろん世界中を探しても他には居ないであろう水色髪。異世界人なシーナさんです。
何で王女様が安達くん家に住んでんだとか、何で朝食作ってんだとか、何で作ってるのが和食なんだとかは聞いてはいけません。
多分本人に聞いたら胸焼けがするような答えが返ってきます。安達爆発しろ。
「お、今日も美味そうであるな」
不意に鍋の中を覗き込んできたのは、シーナさんと同じく異世界人なグライオスさんです。
彼もまた安達くん家に居候しています。むしろ安達くんとマブダチなので休日もよく一緒に居ます。
最近のマイブームは将棋と三国志です。ゲームにも手を出すあたり異世界ライフを全力で満喫しています。
「んー、良いにおいじゃの」
続いて現れたのは、銀髪ダークエルフなリィンベルさんです。
森に住んでなくて良いのかエルフとつっこまれそうですが、実際つっこまれて「じゃあわしエルフ辞める」という謎の開き直りを見せていたりします。
ダークエルフがエルフを辞めたらただのダークです。もう意味が分かりません。
ちなみにエルフは基本的にベジタリアンなので、最近の安達家の味噌汁は昆布出汁だったりします。
実は昆布は日本人以外には馴染みが薄く味がよく分からなかったりするので、昆布と一緒にシイタケでも出汁を取るのがポイントです。
嘘じゃありません。本当にシイタケで出汁が取れるんです。
決して作者がシイタケを推しているわけではありません。
「ふわぁ……おはようございます」
あくびをかみ殺しながら現れたのは召喚術師見習いなエルテさん。
眠そうなのは勉強に忙しいからです。他の異世界人とは違いエルテさんは十四歳なので、中学校という義務教育から逃げられなかったのです。
言語翻訳のおかげで国語や英語は大丈夫ですが、歴史や地理などの社会化科目で日々悲鳴をあげています。
ちなみにエルテさんには姓が無かったので、安達くんの姓をもらって安達エルテと名乗っています。
そのせいで安達くんの養女になったと勘違いされていますが、別に縁組はしていません。
寝ぼけたときに安達くんをうっかり『お父さん』と呼んだのは内緒です。
「おはようございます。もうすぐ朝ごはんできますからね」
そして着々と安達家のお母さんポジションを築き上げていくシーナさん。
清楚系と見せかけて侵食系肉食女子なシーナさんなのでした。
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「……泥臭いな」
「……そうだな」
そう言って森の開けた場所で煙草を吸っているのは、自衛隊に入隊した異世界の騎士たちです。
言葉の通り、着ている迷彩服はもちろん顔にまで泥が散ってこびりついています。
「まさか地面に這い蹲るのが正道の戦い方だとはな」
「俺たちの世界なら臆病者と笑われそうだが、あれを見せられてはな」
銃弾や砲弾の飛び交う戦場では匍匐が基本です。
さらに水溜り=地面が低いので見つけたら飛び込むことが推奨されていたりします。
皆さんも戦場に迷い込んだら勢いよく水溜りに突撃しましょう。
「というか何だおまえのその甘ったるい臭いの煙草は?」
「支援に来ていた女性隊員に勧められた。これはこれで美味いぞ」
「どこがだ。ええい、煙をこちらに流すな!?」
今騎士たちが居るのは、自衛隊の戦闘訓練場です。
自衛隊は全国の山の中等に訓練場を保有しており、雨が降ろうが雪が降ろうがおかまいなしに走り回ったり撃ちまくったり穴掘りまくったりしています。
ちなみに場合によっては総重量20㎏を余裕で越える装備と荷物を背負い数十kmを踏破し、その後休みも無しに敵陣に向かって全力疾走で突撃をかましたりしています。
こいつら人間じゃねえ。
「しかしもうすぐ教育も終わりか。短いが濃かったな」
「戦い方が我々の世界とはまるで違うからな。……しかしならば総司令官殿のあの剣の腕は何だ?」
「安達総理の剣術は趣味らしいぞ」
「……そうか。趣味に負けたのか俺たちは」
騎士たちの背中が煤けていますが、安達くんは日本人の中でもかなりおかしい人なので気にしてはいけません。
万が一安達くんが異世界に召喚されたら、間違いなく建国してしまいます。
「そろそろ休憩が終わるな。ほら煙草を消せ」
「もうか。次は何をするんだったか」
「防御用の穴を掘るそうだ。人が隠れられるサイズのものを一人ノルマは三つ」
「うわあ、きつそうだな」
うんざりとした様子で休憩を終える騎士たち。
しかし『きつそう』で終わるあたり、確実に自衛隊に染まり始めている騎士たちなのでした。
今日も日本は平和です。




