海女さん(人魚)
「お願いします!」
「は?」
アルジェント公国のとある村にて。
もう冬だというのに相変わらず素潜り漁をしていたカオルさんが岸に上がると、突然一人のおっさんが砂浜に五体投地で何か懇願してきました。
「……寒いんで家戻ってからでいいっすか?」
「あ、ハイ。すいません」
とりあえず話は後にして家に戻るカオルさん。
いくら鍛え抜かれた肉体と精神力を持っていても、寒いものは寒いのです。
ちなみにこれがオネエだったら気合で体温を上げ濡れた体も瞬時に渇きます。
オネエの際限なきパッションは南極の氷すら蒸発させるのです。
「で、どちら様ですか?」
元々空き家だったものを改修した見た目ぼろい家に戻ると、着替えておっさんを招き入れたカオルさん。
お茶は出しますが茶請けはありません。
アルジェント公国はビックリするくらい貧乏なので、お金があっても物を売っている場所がないのです。
「申し遅れました。私はこのアルジェント公国を治めておりますイーサンと申します」
「ホワッツ!?」
予想外の自己紹介にアメリカンになるカオルさん。
ちなみにアルジェント公国は権限の一部は宗主国であるメルディア王国に握られており、君主も王様ではなく大公となっています。
「その割にはぼろ……普通の恰好っすね」
「はは。恥ずかしながら外交の際に着ていく一張羅ぐらいしかまともな服はなく……いや、貴方を見くびってるとかそんなわけではありませんよ!」
「それは別にいいんですけど。というか何でそんな腰低いんすか」
どうやらアルジェンド公国の赤貧っぷりは、カオルさんが予想していた以上に酷いようです。
「この国にはまともな軍がないですから。ぶっちゃけ貴方一人でこの国占領できます」
「大丈夫かこの国!?」
まさかの全面降伏宣言に驚くカオルさん。
駆け引きもなにもあったもんじゃありません。
「なのでクラーケンを退治してくださったことには本当に感謝しているのです。加えてメルディアのハインツ王子の腹心のご友人とあれば、国賓として扱いたいところなのですが、知ってのとおりそんな余裕もなく……」
「ああ、いいですよそんなの」
「なのでこうなっては仕方ないと娘を差し出すしかないと結論しまして」
「どうしてそうなった」
まるで山賊に脅された村人のような結論に、カオルさんが敬語も捨ててつっこみます。
「だって本当に何もないんだから、もう国を差し出すしかないじゃないですか!」
「娘差し出すって国ごとかよ!?」
「一人娘なんだから当然でしょう!」
「逆切れすんなら差し出すなよ!」
イーサンさんの魂の咆哮につっこみ続けるカオルさん。
どうやら未来の義父とのコミュニケーションは万全のようです。
「とにかくいりませんから。俺普通に生活したいんで」
「私だって普通に生活したいですよ。もう何を言っても笑顔で受け流すハインツ殿下の相手は疲れたんです」
「だからって押し付けんなよ」
どうやらカオルさんに国を差し出すのは、褒賞と言うよりはもう国を治めるのに疲れたからのようです。
「それもこれも貧乏が悪いんです。昔は漁村からの収入で少しはマシだったんですが、メルディアの保護下に入る前の他国との戦で若者がことごとく戦死して人手が足りず……」
「あー、そういえばこの村も爺さん婆さんばかりっすね」
それでもカオルさんのいる漁村は、カオルさん自身の漁果と、ディレットさんに話を聞いて人間の料理を求めてやってくる人魚たちのおすそわけで潤っているほうです。
「ん、人魚?」
ここであることを思いついたカオルさん。
一瞬そんなにうまくいくかと悩みましたが、目の前のイーサン(おっさん)を見てまあ実行するのはこの人だしなあと提案だけすることにしました。
責任を丸投げしたとも言えます。
「この国って人魚に差別意識とかないですよね?」
「へ? はい。むしろ溺れた人間が助けられたという話も古くからありまして、船乗りの中には人魚を海の神の使いだというものもいるそうです」
「なるほど」
意外に好感触な人魚の評判に頷くカオルさん。
地球の一部地域では船を沈める人魚とかもいるのですが、異世界ではそういうこともないようです。
「人魚を国民として受け入れて漁をやってもらったらどうですか? もちろんあちらにもうま味がないと受け入れないでしょうけど」
「はい? そんな人魚が人間と一緒にくらすはずが……」
「ディレットー! 鱈が焼けたぞー!」
「待ってました!」
「ヒィッ!?」
カオルさんの声を聞いて、窓から顔を出しのそのそと這いずりながら家に入ってくるディレットさん。
海を優雅に泳いでいるならともかく、ビチビチと尾びれをばたつかせ這いずりながら侵入してくるその姿はまるでクリーチャーです。
「このとおりこの村には能天気な人魚が何人か住み着いてまして」
「鱈! カオル鱈はどこ!?」
「おう。これやるから少し待ってようなー」
「ふが」
目を輝かせて鱈を探すディレットさんの口にスルメを突っ込むカオルさん。
すっかり食いしん坊キャラが板についています。
「見ての通り食いものやれば働いてくれますよ。陸の上じゃ思うように動けないんで、人間の料理にえらい執着しますし」
「えー?」
それはその人魚が特別なだけでは。
そう思いながらも人魚受け入れを始めたイーサンさんでしたが、予想以上にうまくいき漁獲量がアップするだけでなく、人魚目当ての観光客まで来て安定した収入を得るようになるのは少し先の話。
今日も異世界は平和です。




