クリスマス中止のお知らせという誰よりもクリスマスを意識したお知らせ
クリスマス。
イエス・キリストの降誕を祝う日とされていますが、実はキリストの誕生日はハッキリしていないので、元々あった冬至のお祭りと合体して十二月二十五日になったと言われています。
ちなみに昔は日没で一日を終わりと見なしていたので、厳密には二十四日の夜から二十五日の夕方までがクリスマスとなります。
つまり二十五日の夜にプレゼント持ってくるサンタさんは遅刻です。
あわてんぼうなのはまだしも、遅刻なんてしたら全国どころか世界の子供たちもがっかりです。
「で、その異教の祭りがどうした?」
そんなクリスマスについて説明され、忌々しいと言わんばかりに顔を歪ませるグラウゼさん。
吸血鬼にクリスマス祝えとか嫌がらせもいいところです。
グラウゼさんの居た世界にキリスト教はありませんでしたが、基本的に聖属性とか光属性に弱いのです。なのでその二つを併せ持つ太陽神なアマテラス様とか天敵以外の何者でもありません。
アマテラス様に聖属性……?
「うむ。面白そうだからわしが自らそのサンタとやらになり、子供たちにプレゼントを配ってやろうと思ったのだ」
「それを何故私に言う」
胸を張ってはた迷惑なことを言い出すグライオスさんを絶対零度の目で見るグラウゼさん。
このままでは目から圧縮された水とか発射されかねません。
「貴様も人の親であろうが。他人とは言え子供たちを喜ばせてやろうとは思わんのか」
「だったらリィンベルも誘えばいいだろう」
「ふっ。あれはまだわしがこの世界に来て間のない頃であった」
「……」
リィンベルさんも巻き込もうとしたグラウゼさんでしたが、何か唐突にグライオスさんが遠い目をして語り始めました。
うわ地雷踏んだ。そう理解したグラウゼさんの目も遠くなっています。
「その日わしは新しく来たリィンベルの作った飯が上手くて満足していた。酒も進みもう上機嫌だ。そしてその勢いで、こんなうまい飯を作れるリィンベルの夫は果報者であるなと褒め称えたのだ」
「ほう。おまえにしては控えめだな」
てっきり「おふくろの味ならぬ祖母の味だな!」などと堪忍袋の緒へダイレクトアタックを仕掛けたのかと思ったグラウゼさんでしたが、さすがのグライオスさんも出会ったばかりの相手にそんなギャグ(ジョークに非ず)を飛ばすほど失礼ではなかったようです。
「するとリィンベルは笑いながら言った。『ハッ、妻を家政婦程度にしか見ていない夫には確かに都合のいい女だっただろうな』と」
「何があったリィンベル!?」
どう考えても幸せな家庭とか築けてなさそうな発言に、さすがのグラウゼさんも色んな意味で心配になります。
どうやらリィンベルさんがおっさん連中に厳しいのは、夫がマダオだったせいのようです。
「あの女の家庭事情がいいものではないというのは分かった。しかしシーナやエルテのことは可愛がっているだろう」
「いや、確かにわしも最初は相談しようと思ったのだ。しかし親代わり……「親」という単語を出しただけでも新たな地雷を起動させそうな気がしてな」
「今更地雷を気にするような立場か貴様」
どう考えてもグライオスさんはリィンベルさんの地雷を起動しつくして焼け野原にした後です。
それでも仕方ないといいながら世話を焼くあたり、リィンベルさんもお人よしです。
「しかしまあ私もシーナには世話になっている。一枚噛んでやろう。他の小娘や小僧はどうでもいいがな!」
「おぬしも素直ではないな」
どうでもいいと強調するグラウゼさんですが、エルテさんに魔術の指導をしたり猫連れて帰ってきたりと結構子供たちに好かれています。
猫好きに悪い人はいないと、何か大幅に私情の入ったヤヨイさんのお墨付きです。
「それで、プレゼントと言っても何を用意するつもりだ? 変なものを贈られてもあちらが困るだろう」
「何だ乗り気ではないか。まずシーナだが、調理道具かエプロンなどを考えている」
「チョイスが娘ではなく母親向けっぽいのはこの際無視するが、調理道具を贈られても今使っているものが無駄になるのではないか? かと言って普段使わないような道具を贈っても収納の邪魔だろう」
「ふはは。そこは抜かりない。この前テレビを見ながら『圧力鍋って便利そうですね』と呟いていたのを確認しておる。念のためアダチと出かけたときに撮った写真集を添えておけば完璧であろう!」
「ああ、それは完璧だな。あの娘の将来が大いに心配だが」
相変わらず安達くん好きすぎるシーナさんに、娘を持つ男親として微妙な気分になるグラウゼさん。
もし自分の娘が自分と同い年の彼氏とか連れてきたら、間違いなくアッパー起点の空中コンボを叩き込むので素直に応援できません。
「次はエルテか。あの娘は勉強ばかりで我儘もあまり言わんから分かりづらいな」
「うむ。やはり勉学に役立つような参考書だろうか」
「やめろ。何の嫌がらせだそれは」
余程勉強好きな子供でもない限り、プレゼントまで勉強漬けとか間違いなくグレます。
「親も居ない上に難しい年ごろなのだから気を遣え。無難にアクセサリーの類でいいだろう」
「アクセサリー? まだ早いのではないか?」
「女子ならば早すぎるということはない。私たちのような家族でもない男から贈られたものでは素直につける気にならんかもしれんが、サンタからの贈り物ということならば平気だろう」
「なるほど。しかし家族でもないとは言いすぎではないか?」
「だから気を遣え。年頃の女子にはむしろ身内の男すら鬱陶しいものなのだ」
経験談のように言うグラウゼさん。
どうやら思春期だったころのミラーカさんに色々砕かれたようです。
「ううむ。わしには息子しかおらんから分からんな。では次はヤヨイだが」
「おまえが釣りを始めるという話を聞いて興味深そうだったから、釣り道具を贈って連れて行ってやればいいのではないか?」
「まことか。何だ、興味ない風に装っておきながら、よく見ているではないか」
「むしろ分かりやすいだろうあの猫娘は」
ヤヨイさんが何か興味を持つと、耳と尻尾がピンと立ちアンテナのように動きまわるので非常に分かりやすいのです。
でもそれをすぐに察せられるのは、街の治安維持にあたっているグラウゼさんが猫ブリーダーと化しているせいです。
「最後は……小僧か」
「うむ。正直飛ばしてもいい気がするが、気の毒なのでそうもいくまい」
二人揃って扱いがあんまりなローマンさん。
でも八割ぐらい自業自得なので仕方ありません。
「おまえがハマっているゲームとやらを幾つか融通してやればいいのではないか?」
「あやつにやるくらいならわしがやる」
「……」
大人げないにも程があるグライオスさんに胡乱な目を向けるグラウゼさん。
この無駄に暇を持て余したおっさんに積みゲーという概念は存在しません。
「腕時計などはどうだ? やつは身なりにも気を遣っているからな。洒落たものを贈れば喜んで身に着けるだろう」
「ほう。時計か。時計など時間が分かればいいではないかと言いたいところだが、どこに気を遣うかも人それぞれか」
「分かっているではないか。貴様も少しは気を遣え」
皇帝なんて立場だった割には見た目より実用重視なグライオスさんに苦言を呈するグラウゼさん。
さすが吸血鬼風貴族メンは言うことが違います。
「では早速プレゼントを調達せねばな。行くぞグラウゼ!」
「昼間に吸血鬼を外に連れ出すな!? せめて日焼け止めを塗らせろ!」
善は急げとばかりに立ち上がるグライオスさんと勢いで殺されかけてるグラウゼさん。
日焼け止めを塗らせろと言っていますが、普通日焼け止め程度で何とかなるわけがありません。でも実際何とかなっちゃうので世の中は不思議です。
グラウゼさんが何故日焼け止め程度で太陽が平気になるのか気になる人は、書籍版を買って書き下ろし短編を読もう!(巧妙なステマ)
そうしてクリスマス当日になり無駄にコスプレして子供たちの部屋に向かったグライオスさんとグラウゼさんでしたが、似たようなことを考えていた他の大人組と鉢合わせしたのはまた別の話。
今日も日本は平和です。
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――クリスマスを祝おう。
姉が絶対そんなこと言い始めると確信して警戒していたツクヨミ様でしたが、現実はもっと斜め上を突っ走りました。
「どうした兄貴? ほら酒が止まってるぞ!」
「……」
ジョッキに並々と注がれた清酒を片手に肩を組んで来るスサノオ様。
そんなスサノオ様に胡乱な目を向けつつ「清酒はそういう風に飲むものじゃない」とつっこみたいツクヨミ様ですが、いまはもっと優先すべきつっこみ事項があります。
「……何で出雲でも神在月でもないのに神が集まってるんですか!?」
そう。現在高天原には天津神はもちろん国津神。あと仏様やら人神やらカムイやらと何か色々集まっています。
もろに和風なお屋敷がクリスマスデコレーションされてるのも違和感バリバリですが、イベント的に本命であるはずの天使とか来てないあたりがさらにその光景をつっこみどころ満載にしています。
「何でって、クリスマスだからに決まってんじゃねーか」
「そーですねー。クリスマスですからねー」
何言ってんだとばかりに呆れるスサノオ様に、もう諦めた方が楽になると悟ったツクヨミ様。
日本ではお寺にクリスマスツリー飾っちゃってるところとかもあるので今更です。ぶっちゃけみんな理由付けて騒ぎたいだけなのです。
タケミカヅチ様がイルミネーション発光させたり、アメノウズメ様が脱ごうとしてサルタヒコ様に連行されたりと、何かカオスを越えて終末(年末)が近づいています。
「ほらほら兄貴も飲めよ。あと一週間したら正月で酒が飲めるしな!」
「何もなくても飲むつもりでしょう貴方は」
イルミネーション光らせてるタケミカヅチ様に対抗しようと発光(自力)するアマテラス様を眺めながら、素直に弟の酌を受けるツクヨミ様。
今日も高天原は平和です。