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天ぷら大爆発

 ドワーフ王国。

 大陸の中央に位置する国であり、竜たちの棲まう竜王山の地下をぶちぬく国土を持っている何気に重要な国です。

 そんな重要な国なら各国から侵略でも受けそうなものですが、当の国民のドワーフが「てめえ! わしらのおまんま取り上げる気か!?」と大暴れするため未だ支配に成功した国はありません。

 逆に言えば外にはあまり興味がないので、重要な位置にありながら中立を守ってくれるありがたい国とも言えます。


「というわけで天ぷらを作ってみました」

「どういうわけだい」


 さて、そんなドワーフ王国で料理人をしているジュウゾウさんですが、相変わらず各国のお偉いさんに何を出すべきかと悩み若干迷走しています。

 バーラさんも呆れ気味です。でもある意味通常運転です。


「揚げ物かい? フライとはまた違うみたいだけど」

「衣は卵と小麦粉ですね。色々なものに応用がききますし、見た目も美しいのでイケると思うのですが」


 天ぷらの起源は諸説ありますが、十七世紀ごろには天ぷらという呼称は存在したとされています。

 しかし衣で包んだ揚げ物料理というのは亜種がたくさんあるため「じゃあどっからどこまでが天ぷらなんだよ」と聞かれても「オレにだって……わからないことぐらい……ある……」としか言いようがありません。


 ちなみに高温の油を使用するという調理法故に江戸では「火事になるじゃねーか自重しろ!?」と天ぷらを禁止していたのですが、途中から徳川さんの権威が落ちてきたので綺麗に無視されていました。

 これには天ぷらが原因で死んだとされる家康さんも激おこぷんぷん丸です。


 ――チリンチリン。


「おや、お客さんみたいですね」

「珍しいね。こんな時間……に?」


 入口のベルがなって二人が振り向けば、そこにはサンタクロースを思わせる立派な白髭のお爺さんが居ました。


「ああ! ラーズさんじゃないですか!」

「よう。久しいのジュウゾウ。約束通り来たぞ」


 どうやらお爺さんはジュウゾウさんの知り合いだったようです。ドワーフ特有の短い脚をよたよたと動かして歩いてきます。


「……え? あ、知り合いなのかい?」

「はい。まだこの世界に来たばかりで右も左も分からなかった頃に、遭難しかけたところを助けてもらったんです」

「いやいや。その件はわしも助かった。何せ保存用の塩漬け肉を手にしたと思ったら、あっというまに絶品のスープに変えてしまうんじゃからの」


 塩漬け肉と聞くと一部のファンタジー大好きっ子のテンションが上がりそうですが、比喩じゃなくマジで塩の塊みたいなものなので、むしろスープにでもしないと食べられたものじゃなかったりします。

 ナイフで切り取って食べるとか高血圧待ったなしです。


「それが縁でしばらくご一緒させてもらったんですが、料理屋を開くならドワーフ王国がいいと教えてもらったんです。最初は失礼ながら身内贔屓かと思ってたんですけど、本当に色んな食材が集まってくるので驚きましたよ」

「ほほっ。そうじゃろうそうじゃろう。何せわしら食うのが大好きじゃからの」


 ジュウゾウさんに祖国を褒められて梟のような笑い声を漏らすラーズさん。

 職人たちの凝り性っぷりといい、ドワーフは案外日本人と相性がいいのかもしれません。


「ジュウゾウが店を開いたというのは風の噂に聞いとったんじゃが、忙しくて中々来れなくての。繁盛しているようで何よりじゃ」

「おかげさまで。そうだ。どうせだから天ぷら……これラーズさんも食べてみてください」

「ほう? 見たことのない揚げ物じゃの」


 カウンターに座り、固くなった手のひらの皮をギチギチと鳴らしながら擦るラーズさん。

 その隣にバーラさんが何故か緊張しながら座ります。


「タネはエビとホタテ。あとは茄子に蓮根、椎茸と野菜類を色々あげてみました。お好みで塩をかけてどうぞ」

「ほほう。美味そうじゃの」


 目の前に出された天ぷらの数々を見て顔を綻ばせるラーズさん。

 ちなみに普段天ぷらに塩を使わない人は天ぷらをそのまま塩につっこみそうになりますが、塩の方を指で摘まんでかけるのが正しい作法です。

 でもそんなことを言い出したら、そもそも天ぷらなどは噛み切らずに箸で一口サイズに切るべきだという、種類によってはそれなんて無理ゲー状態になるので、気取った店でもない限りはそんな深く考える必要はないと思います。


「ほふ。あっつあつじゃの。それに身がやわらかい」

「本当だ。見た目はシンプルなのに味わい深いね」


 ほふほふと熱を逃がしながら頬張るラーズさんとバーラさん。

 珍しく「もっと肉が欲しい」という感想が出ません。よほど気にったようです。


「まだまだ仕込んでありますが食べますか? 天ぷらは揚げたてが一番ですからね」

「うんうん。是非頼む」

「私もお願いするよ」


 次々と天ぷらを口の中に放り込みながら言うラーズさんとバーラさん。

 結局そのまま二人して食べまくり、日本人なら十人前はあった天ぷらは全て二人の胃に収まってしまいました。


「ふう。いやあ久々に食った食った。歳を食って胃の方は食えなくなってきたんじゃが、ジュウゾウの作る料理は美味いからいくらでも食べられてしまうの」

「お粗末様です。でも大丈夫ですか? 油ものだからそれこそ胃にくると思うんですが」

「大丈夫大丈夫。まだ八分目じゃからの」


 あれだけ食っといてまだ八分だと聞いて戦慄するジュウゾウさん。

 一体普段来ているドワーフの客たちは、どれだけ余力を残しているのでしょうか。


「それじゃあそろそろお暇するかの。お代は……」

「試作料理ですのでお代は結構ですよ」

「いいのか? しかしあれだけ食べて只というのは悪いしの」

「では助けていただいた恩はこれでチャラということでどうでしょう?」

「……ほほ。それはちょっと狡いんじゃないか」


 そう言って困ったように笑うラーズさんに、ジュウゾウさんもにっこりと笑って返します。


「やっと恩が返せました」

「やれやれ。それじゃあ次に来たときはたんまりと料金を払ってやるから覚悟するんじゃな」

「はい。お待ちしています」


 そうして踵を返すと店を出ていくラーズさんでしたが――。


「あ、そうじゃ。例の日本についての会議。うち(ドワーフ王国)ですることになったそうじゃから、旅支度はせんでいいぞ」

「……はい?」

「それではの」


 ――急に振り向いてそんなことを言うと、返事も聞かずに行ってしまいました。


「……何でラーズさんが?」

「はあ。やっぱり知らなかったんだね」

「はい?」


 戸惑うジュウゾウさんでしたが、それを見て今まで借りてきた猫のように大人しくなっていたバーラさんが呆れたように言います。


「あの人の名前はラーズヴィズ。私らの王様だよ」

「……はい?」


 まさかの事実を告げられて目を丸くするジュウゾウさん。

 やけにあっさりジュウゾウさんがドワーフ王国に帰属できたと思ったら、知らない間に最強の後ろ盾を得ていたようです。


「……何で王様が一人で旅してるんですか!?」

「だってドワーフだし」


 理不尽な現実へのつっこみに突き付けられる理不尽な理屈。

 今日も異世界は平和です。

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