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マジレス禁止令!  作者: ルト
第二章 運用における細則
8/19

第八条:変遷についての定則

 翌朝。


「ちょりっす!」

「お早う。あれ、大森さんは?」


 元気よく挨拶らしき奇声をかけてくれたともちゃんさんは、どうやら一人のようだ。大森さんの席には鞄すらない。


「寝坊みたいね。ゆえにあたしは暇を持て余す極致というわけ」

「それはまた」


 会話を取り交わしながら席に鞄を置く。ともちゃんさんは当然のように由良川の席に腰を下ろし、頬杖をついて僕に意味ありげな視線を送った。

 僕は頭に手をやる。


「あ、ズラずれてた?」

「いやそうじゃない大丈夫。……手慣れてきたわね」

「放課後までみっちり特訓してれば、多少ね」


 感心と呆れを等分に含んだ顔で、ともちゃんさんは細くため息をつく。


「ほんと、真面目に不真面目ってやつ? 委員長もよくやるわ」

「まあ僕が本気を出せばこのくらい、夜食にホールケーキ食べた後くらいのものだよ」

「朝飯前から最も遠いタイミングにおいてダメ押しの高カロリーと。分かりにくいわ!」


 嫌そうな顔をして、ともちゃんさんは首を振る。そんな彼女に苦笑してしまう。


「ツッコミが滑らかすぎるよ」

「ふ。えーみんに付き合ってたらいつの間にかね」

「苦労したんだね……」

「そこで同情するのもひどい話じゃない?」


 ごもっとも。

 ふと教室に目を向けて、珍しい姿を目にした。


「由良川? お早う、こんな時間にどうしたんだ?」


 由良川がぶらりと歩くような足取りで歩いてくる。もともといい加減で登校時間にはムラの大きい彼だが、この時間から来ることは珍しい。


「目が冴えちまってさ。お前こそ、もう大森から乗り換えたのか?」

「あらゆる意味で失礼なこと言うなよ」


 ともちゃんさんは、座ったままゆるく手を振って挨拶している。座席の本来の持ち主を前にしても、微塵も動く気配を見せない。

 由良川は気にする素振りもなく、向かいの机に尻を乗せた。

 手を下ろしたともちゃんさんは、じろりと僕を横目に見上げる。


「あらゆる意味って、あたしを狙うほど趣味が悪くない、とかなんとか言ってるわけ?」


 むう、ともっともらしく唸って由良川が腕を組んだ。


「真島の本音を見破るとは、さすがだな」

「見破ってないよ、そんな本音は抱いたこともない」

「あらやだ、それ口説いてる? 困っちゃうなあ」

「また極端な解釈するねキミも」

「やっぱりツッコミのほうが早く出るな」

「まあでも、かなり楽しい会話になってきたんじゃない? 委員長の反応テンポいいし」


 急に真面目に寸評を始める。


「そりゃまたどうも、ありがとう」


 冗談めかして肩をすくめたが、かなり照れ臭い。

 ともちゃんさんは、にっと笑って僕を見上げた。


「あとは、ファンキーでフランキーなヤンキーになるだけだね」

「ならないってば」


 だからどんな状況だそれは。

 変な会話に呆れていると、背後から声を掛けられた。


「悪い、真島、ちょっと聞いていいか?」


 背の高い青年が、話の腰を折ることに後ろめたそうな顔をして、片手を立てている。知らない顔ではなく、去年は同じクラスだった男子だ。意外に趣味も合って、それなりの仲だった。彼の身長に、ともちゃんさんが少し目を見張る。


「ん、どうかした?」

「部室の申請っていつまでに出せばいいんだ?」

「あれは月末までに出せば大丈夫だよ。部活動名簿と一緒にね」

「そっちは出してるんだ。安藤のやつが部室申請忘れてやがってな」

「あはは。先輩がいない部は大変だね、頑張って」

「おう。ありがとな」


 軽く手を挙げて、安心したように表情を緩ませて隣の教室に帰っていく。彼は自ら立ち上げた部活の副部長として頑張っているのだ。


「ねぇ生徒会長」


 ともちゃんさんが僕を見ながら言った。


「それ、もしかして僕のこと呼んでる?」

「あんたいつから生徒会になったのよ、でなけりゃなんで生徒会への提出書類の期限をあんたが知ってんのよ」


 ともちゃんさんは素で呆れた風に言い連ねた。委員長とすら呼ばないあたり、完全に本音の言葉だろう。

 自慢のできる話ではない。肩をすくめる。


「そんなこと言われても、好き好んで知ってるわけじゃないよ。聞かれるから調べて、そのまま覚えちゃっただけ」


 そもそもなぜ僕に聞くのか、と思うのだが、聞かれるのだから仕方がない。実際すぐに調べて答えてしまうからだろうか。

 現実に僕が答えられるように、ちょっと調べれば答えが出るような質問ばかりだが、なぜ自分で答えを見つけられないのか分からない。

 由良川まで呆れた目で僕を見る。


「やっぱお前、生徒会長だよなあ」

「あんな雑用の筆頭は御免だよ」


 生徒会の仕事は、ほとんどが教師の担う学生管理業務の、さらに末端だ。学生に任せてもいい仕事、という意味で、そんなものしか与えられない。生徒総会での裁量権も、予算と校則という都合に従ったものまでだ。権力を持った生徒会長は存在しない。

 由良川が口の端を持ち上げてシニカルに笑う。


「そんなつまんないこと言わなくて済むように、学校を変えてくれよ、生徒会長」

「どれだけ下準備が必要になるのさ。もはや政治活動レベルだよ。転校した方が早い」


 現実的な解決法に、由良川はつまらなそうに肩をすくめた。

 いつの間にか始業の時間が近づいて、クラスに人が増えてきていた。


「大森さん遅刻大丈夫かな」

「ヒーローは遅れて登場するもんさ……」


 低い声で可愛らしく言いながら颯爽と現れたのは、大森さんである。

 噂をすれば影、とはよく言ったものだ。顔の半分を手で隠しながら、気取った微笑をたたえている大森さんの横顔に、手を振って挨拶をする。


「いい夢は見れたかい?」

「なかなかに気分のいい夢でした。覇王とはああいうものを言うんでしょうね」

「どんな夢だよ」


 由良川がツッコミを入れる。

 にひ、と笑ったあと、怒ったように眦を吊り上げて、大森さんは膨れてみせる。


「私がいない朝からずいぶん楽しそうですね、私がいないときに!」

「拗ねない拗ねない。自業自得って知ってる?」

「さらっと痛いところを突かないでくれませんか! 思いがけず傷つくんで!」

「繊細なんだね」

「そんな意外そうに言わないでくれませんか真島くん!?」


 回転、という表現が相応しかった。

 大森さんは表情も言動も継ぎ目なく継ぎ足されて、くるくると変わっていく。見ているだけでも楽しくなってくる。

 ともちゃんさんが僕の机に頬杖を突いて、大森さんを見やった。


「それにしても、えーみん。あんたもよくやるわ。生徒会長がすっかり面白バカキャラになっちゃったわよ」

「いや面白バカキャラって失礼だな。生徒会長じゃないって」

「ほらほら。テンポいいのよ」


 ともちゃんさんまで嬉しそうに僕を指差す。珍芸を披露した猿に喜ぶ見物客じゃないんだから、人を指差さないでほしいのだけど。


「そうでしたか」

「あれ? あんまりノリよくないわね」


 むー、と無念そうに口を尖らせて大森さんは不貞腐れる。


「そんなこと言われても、見てないんだから分からないもん……寂しくなるんで、私がいない間は一言も喋らないでくれませんかね?」

「そんな無茶な。さすが覇王」

「我が前にひれ伏したまへー」

「へへェー」


 上体だけ倒して平伏してみせる。うむ、と大森さんの偉ぶった声に笑う。


「おっと、それじゃああたしは戻るわ。また昼休みにでも遊びに来るよ」


 時計を見て慌てて立ち上がったともちゃんさんに顔を向け、僕は問いかける。


「毎回来てたらクラスで浮かない? 友達いる?」

「馬鹿にしてるのか心配してるのか分からないけど、大丈夫だからありがとう」


 にこっ、と笑顔を作って見せて、ともちゃんさんは力をこめて言う。

 僕だって、ともちゃんさんには余計な心配だと分かっている。どうせ心配するなら、まだ本多さんを心配したほうがいい。彼女はお昼とかどうしているのだろうか。

 ともちゃんさんは笑顔を黒いものに変えて、言葉を付け足す。


「あたしがこのクラスまでわざわざ遊びに来るのは、あんたの変化が面白すぎるからよ。もっとあたしを楽しませてね、生徒会長?」


 馬鹿にされたのは僕のほうで、なんとも返事をしかねて押し黙る。

 勝ち誇った顔を引っさげて、ともちゃんさんは朝の教室を去っていった。

 由良川が自分の席を取り戻して、ちらりと僕を見る。


「冗談は覚えても、やり込められるのは避けらんないのな」

「るっせ」


 叩く手は避けられた。由良川め。

 大森さんにも席に戻るよう促そうと振り返るが、口を開く前に僕の袖を引かれた。


「あのあの、真島くん。今日の放課後なんですけど」

「ん、ああ。今日の放課後は予定があるよ。図書委員の当番なんだ。昼当番の翌日」


 そういう配置になっているのだ。放課後は部活や遊びに行きたい学生にとって、図書委員が不人気な最大の理由が、二週間に一度回ってくるこの放課後当番である。

 大森さんは少し気が抜けたような顔で、僕の袖を離した。


「あや、そうでしたか。って、いや! そういえば私も、今日は部活動じゃん!」


 ちょっと青ざめた顔で頭を抱えた。思わず笑ってしまう。人によっては部活こそが高校生活の本分というほどなのに、それを忘れるなんてあまり聞かない。

 と、無責任に笑ってから、懸念が頭をもたげた。


「もしかして、またなにか用意してた?」


 しかし、大森さんはケロリと笑顔を浮かべて、首を左右に振った。


「いえ、今回は何も。牛乳プリン貯金がないので」

「そりゃ……まあ」


 確かに昨日の今日では牛乳プリン奢ってないけど、ストレートに貯金とか言われると、なんだか存在意義が揺らぐ感じがする。

 男はしょせん財布ですか。


「仲いいねえ」


 由良川が意味ありげに僕と大森さんを見比べている。

 また男女がどうこうか、とげんなりした僕とは違い、大森さんは自慢げにうなすいた。僕の背中に手を回して、窓の向こうに巨人の星を見立てて指差す。


「コンビ漫才でオリンピック目指してますから!」

「ありえないよ。オリンピックで漫才って相当シュールだろ」


 なにを想像したものか、ぶぷっと大森さんが吹いて笑った。

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