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マジレス禁止令!  作者: ルト
第一章 施行に関する規定
4/19

第四条:友人及び変化に関する記述

「好きな子いる?」


 ともちゃんさんの言葉に大森さんが吹き出した。いきなりなんだ。

 唐突かつ意外すぎる質問に、驚きはむしろ呆れに飲み込まれてしまう。僕は無言でともちゃんさんの視線を見返すだけで、リアクションも取れない。

 彼女の期待に満ちた目に抗弁する術もなく、答えをはぐらかす。


「……それは修学旅行の夜に取っておいてよ」

「お。じゃあ夜は女子の部屋に来てくれるんだね」

「行かないよ」

「狼の餌場に来いと言うの!? ケダモノっ」

「違うって! なんでどっちか行くこと前提なんだよ!」


 ともちゃんさんは崩れ落ち、手近な机に突っ伏した。

 笑いに体を震わせている。


「くっそ、やっぱ真面目だこいつ!」


 ひっひひひ、と肩を揺らして叫ぶ。


「………………悪かったね」

「いやいや。そこが委員長の魅力でいいんじゃない?」


 まだおかしそうに口を緩ませるともちゃんさんが、体をよじって横目に僕を見る。


「そんなもん?」

「そらそーよ」


 そっか。いやあまり分からないけど。

 大森さんも小さく手を挙げる。


「あんのー。さっきから微妙に除け者で寂しいんですけど」

「おー、拗ねない拗ねない」

「拗ねちゃいませんけど、真面目なのかそーでもないのか微妙なノリの会話は、すんごい口を挟みにくいっていうか居たたまれないんでちょっと自重してくれませんかね!?」

「そんな無茶な」


 大森さんの変な要求に困惑する。

 僕の声に振り返った大森さんは、いかにも怒っているふうに眉を寄せて身悶えする。


「真島くんも真島くんですよ! この優等生! もっと不真面目にやってくださいよ!」

「いやそれよく分かんない」


 どういう罵倒だ。

 ともちゃんさんは突っ伏していた机に腰を下ろし、感慨深そうに目を細める。


「改めて見ると、えーみんも変わったよねえ。小学校のころはあんなに暗かったのに」


 大森さんが目を丸くして狼狽した。


「ちょ、ともちゃんさん、あんたそれ今持ち出しますか?」

「え、暗かったの?」

「食いつかないで! やめて!」

「そらもー根暗が服着て歩いてるって感じよ。縮こまって本読んでさあ」

「おいやめろ、ちょっと待って無視はやめてくださいお願いします!」


 勢いよく頭を下げて、腰を九〇度きっぱり折ってぴたりと止まった一礼は見事。

 ともちゃんさんは、のしかかるようにして大森さんの頭を撫でる。


「まあそんなわけで、人間ここまで変われるんだから、真島もファンキーでフランキーなヤンキーにジョブチェンジできるんじゃない?」

「冗談からじゃファンキーにもヤンキーにもならないし、フランキーって誰だよ」

「ナイスツッコミ!」


 ビシッとサムズアップされる。素で返しただけだがツッコミだったらしい。

 体を起こした大森さんが僕のブレザーの裾を引いた。


「あの。ファンキーってなんですか?」

「ああ、えっと。派手でけばけばしい感じかな。原色を多用した服装、みたいな」


 なるほど、と大森さんは手を打った。

 背中にともちゃんさんを貼り付けたまま、笑顔で人差し指を立てる。


「つまり真島くんが、アロハシャツでグラサンの似非欧州人になればいいんですね!」

「だからならないって! キミは僕をどうしたいの!?」

「そりゃもちろん、ネオ真島くんですよ」

「ものすごいパチもん臭がするよ、そのネオ真島」

「え、そうですか? カッコイイじゃないですか」


 深刻に嗜好を心配する目を大森さんに向けてしまった。

 大森さんはたじろいで、言い訳するような声で付け足す。


「真島の語感とか、くん付けなところとか」

「それ、見事にネオに意味がないよね?」

「おー、いい調子で漫才できてるじゃん」


 ともちゃんさんが拍手をする。いや拍手を送られても、見世物じゃないんだから。

 しかし大森さんは妙に嬉しそうな笑顔を見せ、楽しそうに僕の背中を乱打する。


「でしょー? ほんっと真島くんは私の見込んだ通りっ!」

「いや僕は別に、漫才なんてやりたくないんだけど」


 ぐはァ! と大森さんが仰け反った。わなわなと手を震わせ、愕然と目を見開く。


「た、確かに、今は漫才よりコントの時代……! さすが、よく分かっていらっしゃる」

「知らないよ」

「ぷはは、いいね! じゃあ委員長、その調子で頑張ってね」


 ともちゃんさんが笑って手のひらを見せる。

 時計を見てみれば、そろそろ始業の時間だ。辺りを見渡してみれば、いつの間にか教室に人が集まっている。話に夢中になっていたらしく、気づかなかった。


「まあ、それなりにやってみるよ」

「その意気だ」


 にまっ、と笑って、ともちゃんさんは颯爽と教室を去っていく。

 続けて背中を押して大森さんも席に返すと、狙ったように由良川がやってきた。


「よう、女子二人といい感じになってたじゃないか」

「あれのどこがいい感じなんだよ」

「馬鹿話してるところだよ、真面目くん」

「お前までそれで呼ぶなよ」


 ひっへへ、と由良川は変な声で笑って肩を震わせる。図ったように鐘が鳴り、一時間目の始まりを告げる。

 授業は授業で、けじめをつけて粛々と受ける。

 しかし、休み時間のたびに大森さんは僕の席まで出向してきた。


「昨日マジレス報告が寄せられた時間ですから、目を離すわけには行きませんね!」


 腕を組んで胸を張る。そんな自慢げに言われても。


「教官、この男は顔が真面目です!」

「むむ、それはいけません。もっとスマイル!」

「やめんか」

「あびし! ば、馬鹿な……私はあなたの右腕だったはず……うわらばぁー!」

「きょ、きょーかあああああんっ!」


 煽っているのは由良川だ。

 こいつにもチョップを与えると、まったく同じことを言って「あびし! ば、馬鹿な……俺はあなたの右腕だったはず……えひゃあががー!」机に突っ伏した。

 僕とその前の机に並んで男女が突っ伏している姿に、廊下から教室に戻ってきたクラスメイトが驚いて一歩引いていた。

 そんなふうにして休み時間と授業時間をこなすこと数回。


「さあ昼休み、それすなわち、牛乳プリンの時間ですよ! 真島くん!」


 大森さんが堂々と僕の前で仁王立ちした。

 彼女が来ることに違和感を覚えなくなった自分に苦笑しながら、廊下に足を向ける。


「分かってるよ。少し急ごうか」

「おや? なにか予定が?」


 大森さんは、促すまま素直に急ぎ足になってくれた。

 隣に並ぶ彼女を、横目で見下ろしてうなずく。


「まあね。今日の昼休みは図書委員の当番なんだ」

「あれ……真島くんって学級委員じゃないんですか?」

「いやいや、違うよ」


 学級委員勤続八年は、去年までの話だ。今年は他の人に譲った。

 彼はいわゆる内申目当てというやつで、露骨に面倒くさがっている。しかし、仕事を投げ出すわけにも行かずやっているようだから、問題はないのだろう。おかげで僕も、まんまと気楽な委員会に所属することが出来たわけだ。

 ともちゃんさんは僕を委員長と揶揄したが、そんなものは結局「雑用を押し付けるのに都合がいい」、そういう役回りでしかないのだ。

 愚痴は飲み込んで、購買部までの廊下を歩く。当番が掃除をいい加減にやったのか、廊下の隅に綿埃が溜まっていた。


「真島くんって、やっぱり本好きですか? ちょくちょく読んでいるようですけど」

「ああいや、どうかな。僕が読んでるのは、童話だから」

「童話? 純文学や専門書ではなく?」


 意外そうな顔をされた。


「はは。僕はそんな優等生じゃないよ。なぜかそう見られるだけ」


 勉強だって、予習と復習をルーチンワークのようにこなしていたら、自然に身についただけだ。成績のために日々の弛まぬ努力を続けている、というわけでは決してない。

 購買が見えたところで、大森さんが、あっと声を上げる。


「どうかした?」

「マジレス禁止です!」

「あぁ……そうだね」


 うなずいて答えておく。


「な、なんですかそのすんげーくだらないこと聞いちゃったなー、みたいな顔はっ! ダメですよ禁止なんですからねっ!」

「分かってるよ」

「そんなハナクソほじりながら喋ってるような目で見ないでくださいっ」

「そんな目してた?」

「ごめんなさい。誇張です」

「だよね。よかった」


 誤解を解いてから行列に並び、やや待ってから牛乳プリンを購入する。大森さんに渡そうとすると、また例のもの欲しそうな目をされた。

 少し考えたのちに、声を低くして体の陰に隠すように手渡す。


「これが例のブツだ」


 即座に黒い笑顔に切り替わった大森さんは、にやりと可愛く微笑んで声を潜めた。


「確かに受け取りました。報酬はいつもの口座に振り込んでおきます」

「頼む。じゃあまた」

「くく、次も頼みますよ」


 なんだこの茶番。

 しかし、大森さんがすごく嬉しそうだったので、細かいことは気にしないことにした。

 主に、購買に並んでいるほかの生徒の視線なんかを。

 大森さんにその場で別れを告げると、無駄にポプラの木の下で待ち合わせる言葉を取り交わして上京後の成功を祈られてしまった。図書館に行くだけだって。

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