第十八条二項:結末における規則
翌日にも昼休みはやって来る。
「真島くん、お昼ご一緒しませんか」
大森さんがお弁当を両手で持って、嬉しそうに笑いながら声をかけてくる。
彼女に笑い返して、もちろん、とうなずいてみせる。
「うん、食べようか」
後ろにいたともちゃんさんが、首を伸ばして顔をしかめる。
「由良川、あんたもう弁当買ってきなさいよー」
「勝手なこと言うなよ」
面倒そうに壁に寄りかかる由良川は菓子パンを手に、迷惑そうな目を返した。
お弁当の包みを両手で支えている本多さんが、わずかばかり胸を張る。
「今日は私が作ってきたの」
「え、マジ? 愛奈、気合い入ってんねぇ」
振り返ったともちゃんさんは、やけに嬉しそうに笑った。
肩を震わせていた大森さんが、爆発するように振り返る。
「……なんっで、ぞろぞろと集まってきてるんですか!?」
もともと自分の席から動いていない由良川がうるさそうに顔を上げた。
仲良さげに顔を見合わせていた本多さんとともちゃんさんが、おや、という顔をする。
「なぁに固いこと言ってんの。別にいいでしょ。真島くんはどう、私たちと食べるとご飯が腐った味になるとか言うの? 消え失せろって?」
「いや、そんなことは言わないけど」
「じゃあオッケーね」
にこにこと笑って、ともちゃんさんは近くの机を引き寄せる。
言わされた言葉を利用された。言質を取られてしまった僕からは、何とも言えない。
「ぐぬぬ。卑怯ですよ」
「いいじゃない、みんなで食べるとおいしいわよ」
空気が固まった。
「……な、なに?」
一斉に視線を受けて、本多さんが狼狽する。珍しい表情だった。
心なしか、教室の喧騒が遠いものに思える。この空気をなんと呼ぼう。
ぷはは、と笑い声が上がった。笑っているともちゃんさんが、全員にわざとらしく目配せする。
「まあそうね、その通り。異論はないでしょ?」
「お前らと食うと疲れるんだよな」
「じゃあどっか行けば?」
「なんで俺が動かなきゃなんねーんだよ」
「じゃあついでに一緒しましょ」
由良川の判断基準はまったく分かりにくいが、要するに、一緒に食べるのは疲れるが嫌じゃない、ということだろう。
最後に大森さんは僕を見る。
しかし、さしもの僕もいそいそと広げられた弁当を前に、今さら何も言えやしない。苦笑とともに、大森さんに申し渡す。
「もう、みんなで食べようか」
「……んもう、仕方ありませんね」
膨れてみせた大森さんは、しかし、肩をすくめてにっこりと笑った。
大森さんだって、なにもみんなと食べるのが嫌いなわけでは決してないのだ。
席を揃え、声を合わせて食事の礼をし、食べ始める。
真っ先に本多さんが、僕に弁当箱を差し出してきた。
「真島くん。これ、食べてみて」
「え? あ、うん。ありがとう」
勧められるままに箸を差して、焼き目がしっかりついている玉子焼きをつまむ。
食べてみると、あまじょっぱく、卵の柔らかい香りと焼き目の風味が口に広がった。
いや、なんのオチもなく美味しい。
本多さんは首を傾けた。
「おいしい?」
「うん。これ本多さんが作ったんだよね、すごいな」
見た目はところどころぎこちないが、味付けは完璧だ。
他の料理も見たところ美味しそうで、腕前に感心する。
「あ、あな、あた、あわ」
妙な奇声が机を跳ね回る。
大森さんが目を丸くして、口をぱくぱくと動かしていた。
がばっと手元の弁当箱に目を落とし、冷凍食品を中心とした鮮やかな内容物を見て肩を落とす。
そして、好物を落とした子どものような顔で僕を見た。
い、いや、確かに手作りってドキリとしたけど、よく考えたらみんなで食べるわけなんだし、別に深い意味はないと思うのだ。
本多さんはくすっと微笑むと、弁当箱を中心に差し出す。
「みんなも食べてみて。練習中なの」
「わーい」
ともちゃんさんは屈託なく笑って箸を伸ばし、食べたそばからしきりに頷いている。
その光景にひと安心。
やっぱり、他意なく作ってきただけなのだろう。
胸を撫で下ろして、大森さんの弁当箱にある冷凍食品の唐揚げに箸を伸ばす。
「これ美味しいよね」
「ひゅい……」
大森さんは肩を落として顎を引く。
由良川が馬鹿を見るような目で僕を見ていた。
「なんだよ」
「別に」
なんだかムカついたので、あんパンの桜漬けだけちぎって食べた。
「あっ、だああああっ! おま、なあっ!」
由良川が珍しく機敏な動きで跳ね起きた。無意味にパンをいろいろな角度から見る。
「餡には手を出してないぞ」
「なおさらひでぇわ! 俺の木村ぁ……」
予想を遥かに超えて打ちひしがれている。
なるほど、いいことを知った。復讐の最終手段として覚えておこう。
どこに箸をつけようかと目を巡らせているともちゃんさんが、僕に手を伸ばす。
「ヘイ生徒会長、お弁当寄越して」
「ん。どうぞ、お納めください」
「苦しゅうない」
にまりと笑って、ともちゃんさんは僕の弁当に箸を伸ばす。初めてボケの時代に相応しい応答をもらったような気がする。
肩を落としている大森さんは、先ほどから箸を動かしていない。
「大森さん、食べないとなくなっちゃうよ」
「ふい」
気の抜けた返事をして、大森さんが机の中心にあるお弁当に箸を伸ばす。
口に運び、もそもそと咀嚼している大森さんを、本多さんが首を傾げて覗きこんだ。
「おいしい?」
「うぃ? はい。塩加減がなかなか……ハッ!?」
「ふふふ、そっと寄せておいたの」
「うぐぬうぅぅぅうう――ッ!!」
机に握りこぶしを乱打して大森さんが嘆く。
本多さんが妙に嬉しそうに微笑んでいた。
そのとんちきなやり取りがあまりにもシュールすぎて、声を上げて笑ってしまう。
顔を上げた大森さんが、くわっと目を見開いた。
「なに笑ってるんですかぁ!」
「なにって、その」
笑みを頬に残しながら、素直に思ったことを言葉に乗せる。
「みんなとこんな仲になるなんて、思ってもみなかったからさ。縁って不思議だなって。だからこそ、なんだか嬉しくなってきたんだ。こんなふうに知り合えてよかったよ」
うん、とうなずく。こういうものを、有り難い、というのだ。
大森さんは優しく微笑んで、僕を見る。
「真島くん」
「なに?」
にまり、と笑みを深めて、ゆっくりと席を立った。
深呼吸をして、喉の調子を確かめるように口を動かし、体をほぐすように肩を回す。
そして、びしりと僕を指差した。
「マジレス禁止です!」
「さんざんもったいぶって結局それ!?」
お後がよろしいようで。