第十八条一項:蛇足に関する補則
少年と少女がじゃれあうような声を背に、本多愛奈は屋上から階段を下りていく。ふと、その足が止まる。
廊下の入り口に、大崎巴が腕を組んで待ち構えていた。
足を止めた愛奈は、少し惑うように目を泳がせた後、巴を見て口を開く。
「ありがと。わざわざ私にまで連絡してくれて」
「いーのよ、これくらい。ある意味じゃあ、これ以上ないくらいの余計なお世話なわけだし」
巴は肩をすくめて、自嘲するように苦笑した。
肩越しに振り返るように階段を見上げた愛奈に気づいて、巴は首を傾げた。
「うまくいってた?」
巴の顔を見て、愛奈はため息に溶かすように、端的に言う。
「きっと好きになる、だって」
「……まあ、あいつらしいっちゃ、そうか」
なにかを諦めるように、巴は笑った。
愛奈はその笑顔を見て、何も言わずに顔を伏せる。
それを見た巴は、黙って歩み寄り、身を引く愛奈と無理やり肩を組んだ。
「ま、一緒にパーッと何か食べに行きましょうか。フラれたもの同士でさ」
「誰がフラれたもの同士よ」
顔を上げた巴は、そこに愛奈の迷惑そうな顔を見た。
へこたれても、落ち込んでもいない、いつも通りの落ち着き払って取り澄ました表情だ。
は、と巴の口から吐息が漏れる。次の呼吸は声になった。
「あっきれた。あんた、諦めてないの?」
「真島くんだって、まだ大森さんを好きになると決まったわけじゃない。私も、まだなにもしていないもの」
ははっ、と声を上げて笑った巴は、見る見るうちに楽しそうな表情を輝かせていく。
「へえ、いいじゃん。面白い。あれを見てそう思うんだ」
愉快そうに言った巴は、肩を放して引き下がる。
「あたしはどっちにも加勢しないで、ニュートラルに応援するわ」
しかし、その笑顔を見て、愛奈は逆にそっと尋ねた。
「あなたは、いいの?」
「ええ。もう関係ないし」
意図を察し、巴は気軽に肩をすくめる。
心配そうに見る愛奈を見て、苦笑と微笑ましそうな笑みを浮かべた。
「告白して、ばっさり振られたからね。気持ちはすっぱり捨てちゃった」
すっぱりさっぱり、と両手を広げて表明する。
ぱたんと両手を下ろし、巴は少し大人びた笑みをたたえた。目を伏せる。
「あいつは、なんていうか……遠いわ、あたしには」
目を開く巴の瞳には、よく分かっていなさそうな愛奈が写る。
にまっ、と笑みを閃かせて、巴は明るい声を上げた。
「進行形で恋する乙女には、難しい話だったかな。まあ不利なあんたのために、景気づけでパーッと食べに行きましょうか。もちろんあんたの奢りでね」
不服そうな顔をした愛奈は、しかしいかにも気遣う表情を作って、優しい声で言う。
「傷心の乙女の頼みだものね、私が持ってあげる」
「分かった、割り勘にしましょう」
巴は即座に意見を変えた。
大山田高校の時計台が、予鈴のチャイムを響かせる。