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マジレス禁止令!  作者: ルト
第三章 罰則に関する原則
15/19

第十五条:最低に対する裁定規則

 呆気なくうろたえる。

 なぜともちゃんさんがそこにいるのか。

 どう見ても偶然会ったという感じではなく、待ち受けていたという感じですらない。待ちぼうけを食ったような様子だ。

 黒カットソーにデニムジャケットな私服姿は、少なくとも学校から一度帰宅したうえで、またこの場所に来ているらしい。あるいは、家がこの辺りなのだろうか。

 彼女の着くテーブルには、包み紙に収まったまま手をつけられていないバーガーやポテトを載せたプレートが放置されている。


「じゃあ俺は帰るから」

「は?」

「ここまで連れてくるのが俺の役目、ってわけ。んじゃ、あとは若い人に任せて……」

「お前も同い年だろ」


 ひっへへ、と肩を震わせて、由良川は本当に帰っていく。

 刺し殺すような視線を受けて、ぎくりと肩を固める。

 振り返ると、やはりというか、ともちゃんさんが険しい目で僕をにらみつけていた。

 逃げていいのだろうか。

 いいのだったら、今こうして足が固まっていない。

 ぎこちなく笑いながら、彼女に歩み寄っていく。


「えっと。大森さんのことで何かあった?」


 ともちゃんさんの目が殺気立った。


「な、なに、どうしたの?」


 ここ最近のともちゃんさんは、単に大森さんを悲しませたから、というだけでは済まない敵意を向けられているような気がする。

 そりゃ好かれるようなことが出来た覚えもないので、今の彼女に敵意以外を向けられる理由もない。

 しかし、それにしたってこれは行きすぎではないだろうか。

 ともちゃんさんは一際大きなため息と一緒に、視線を外した。

 トーンを落とした声で、億劫そうに口を開く。


「……別に。今回は私の用事で呼んだだけ」

「そうなんだ。どうしたの?」

「まずは腹ごしらえよ」

「は、はあ」


 あいまいな返事をした僕をじろりと見上げて、顎でレジを示した。


「買ってきたら?」

「ああ、うん。ついでになにか買う?」

「いらない」

「そ、そう」


 たじたじになりながらレジに向かう。

 微妙に周りの席から様子を窺われているようで、居心地が悪いことこの上ない。

 戻ったら席を移ることを提案しようかと思ったが、さらなる地雷を踏み込むやぶ蛇とも限らないので、余計な真似はやめることにした。大人しく並んで注文を済ませる。

 ちょうど作り置きの多い時間だからか、さほど待つこともなく受け取ることが出来た。あまり待たせるのも悪いので、急ぎ足で戻る。

 席に戻ると、ともちゃんさんは不景気な顔で先にバーガーを頬張っていた。机に乗せた僕のプレートに乗っているえびカツバーガーに、つまらなそうな目を向けている。


「あんた、えびカツ好きなの?」

「いや、あんまり外食しないからね。大森さんと来たとき、おいしかったから」

「ふん」


 ……今のは、確実に相槌ではなかったような気がする。

 居たたまれない思いに身を縮めながら、包み紙を解く。頬張ろうとして、ともちゃんさんの手元にあるベーコンバーガーが目に入った。ポテトも冷め切ってしけっている。


「よければ、分けない?」

「ん?」

「バーガー、半分。今さらながら、他の味も試せばよかったな、って思えてきたからさ」


 言いながら、えびカツバーガーを半分に割る。まだ熱いカツから湯気が立ち上った。

 手で割って歪なその半分を、ともちゃんさんに差し出す。


「どう?」

「……いいわよ」


 ほぼ半分食べきっていたともちゃんさんは、律儀に口を付けたところに沿ってベーコンバーガーを千切ってから、手渡してくれた。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 素っ気無く言ったともちゃんさんが無造作にかぶりつこうとして、触れた瞬間に小さく「熱っ」と言って口を離した姿を一部始終見てしまった。

 動揺したように、ともちゃんさんが目も口も丸くして赤くなっている。悪いと思いながらも、声を上げて笑ってしまう。こらえようもない。

 当然、ムスッとしたともちゃんさんに、机の下で蹴られる。


「笑うな馬鹿」

「はは、ごめん」


 軽く足を当てる程度の蹴りだったから、機嫌は直してくれたのだろう。

 怒っているなら、弁慶の泣き所を全力で蹴り抜いてもおかしくはない。クラスメイトのいる教室で思い切り殴り飛ばすような人なのだ。

 ひとまず安心して、バーガーを食べ始める。

 僕が食べ終えるより一足早くバーガーを平らげたともちゃんさんは、ポテトをもそもそと口に押し込んでいく。

 指でより分けるような動きの特徴に気づいて、思わず頬が緩んだ。


「あによ」


 目ざとく見咎められた。


「ポテト、カリカリのところが好きなんだ?」

「……まーね。えーみんと来ると、いつもポテトはさもしい取り合いになって、最後に二人揃って寂しくシナシナを食べるの」

「あはは」


 笑う僕を恨めしげに見ていることに気づいて、慌てて笑いを収める。

 細くため息をついて肩を落としたともちゃんさんは、ポテトを指揮棒のように揺らしながら、面倒くさそうに口を開いた。


「ねえ、聞きたいんだけど」

「ん、なに?」

「真島って、音楽とか聞くの?」

「え?」


 ずいぶん間の抜けた声が出たような気がする。

 まさかこの状況で、そんな世間話みたいな質問をされるとは、思いもしなかった。

 ともちゃんさんは相変わらず僕をじろりと見て、口を尖らせる。


「聞かないの?」

「い、いや。聞くよ、インストとか。姉の影響で」

「インスト?」

「あ、歌詞の入ってない、楽器だけで演奏した曲。クラシックもポップスも含めて」

「……へぇー話合わねぇー」

「ははは……。あ、でもジェイポップのアレンジとかも出てるよ」

「へえ? どんなの?」

「えっと、なんて言ったっけな」


 姉に借りたCDのブックレットを思い出しながら、内心で笑う。

 こんな普通の学生みたいな会話をしたことが、実は一度もなかった。

 大森さんとは冗談の応酬がほとんどで、問答というものにはならない。というより、マジレス禁止という建前上、真っ当な会話にならないのだ。

 ともちゃんさん家の飼い犬とか、僕の姉の武勇伝とか。

 あれこれと話をしていくうちに不機嫌だった彼女の態度も角が取れて、依然と同じように会話ができるようになっていく。それがひどく安心できた。

 ただ、ともちゃんさんは、大森さんの話題を過敏なほどに嫌っているように思えた。

 話しこんでいるうちに、外はすっかり真っ暗になっていた。

 店内の明るい電灯もあり、暗いというより黒いとすら見える。


「ずいぶん話し込んじゃったね。そろそろ出ようか?」

「ん。そーね」


 軽くうなずいて、ともちゃんさんはプレートを持って立ち上がる。

 その所作に当初の棘はなく、もう一度安堵に胸を撫で下ろした。今はもう、彼女に頼るしか大森さんに接触する方法はない、と言ってしまってもいい。

 この考え方は確かに最低だな、と思い返して、苦笑が浮かんだ。

 店を出て、ともちゃんさんは駐輪場に停めた自転車を引っ張り出す。


「近所なの?」

「そーよ。送り狼になられても困るから、紳士的に送ってくれなくても結構よ」

「それは残念」


 ちらりと僕を見て、ふんと鼻を鳴らされた。冗談はやめたほうがよかっただろうか。

 自転車を押しながら、ともちゃんさんは公園のフェンスに目を向ける。

 公園といっても、そう広いものではない。広場と奥に気休め程度の遊具がある、ほとんどベンチと砂場のためだけにあるような公園だ。


「寄っていい?」

「いいけど、寒くない?」

「じゃ、あったかいの奢ってよ」

「……はい、仰せのままに。買ってくるから待ってて」


 食べ終えてから話し込んだので、結構な時間が経っていた。喉が渇いても無理はない。公園の隅に設置された自販機で、お茶とココアの温かいものを買って戻る。

 ともちゃんさんは自転車のスタンドを立てて、ベンチに腰を下ろしている。彼女の前に立って両手の二つを見せた。


「どっちがいい?」

「ココア」


 さほど迷う様子もなく茶色い缶を指差す。

 思わず笑ってしまいながら、ココアを手渡した。


「よかった、可愛らしいほうで」

「蹴るわよ」

「怒るところじゃないよ」


 ひと一人分の距離を置いて、ベンチに腰を下ろす。

 缶の栓が開く無機質な音が、夜の公園に響く。

 街灯の音がずいぶんうるさいことに、初めて気がついた。埃で紋様の刻まれている電灯に羽虫が寄って、酔っ払ったように踊っている。

 手の中だけで、お茶の小さいボトルが温かさを手に伝えていく。


「あのさ。言わなきゃいけないことがあんの」


 ともちゃんさんは、おもむろに切り出した。


「なに?」

「瑛美が急にあんたに絡んだ理由ね」


 僕は返事をせずに耳を傾ける。口を挟む言葉もない。

 ともちゃんさんは、特に気負った様子もなく言葉を継いだ。


「瑛美はあんたのこと好きなのよ」


 言葉を聞いて、意味を取るのに時間が掛かり、意味を取ってから文意を理解するのに時間が掛かり、文意を理解してから意味の納得に時間が掛かった。


「えっ」


 ともちゃんさんを振り返る。

 彼女は大して面白くもなさそうに僕を眺め、小さくうなずいた。


「これがマジで。だってそうでしょ? たかがクラスメイトなら、わざわざ接触を持ちに行かなきゃいけない理由もないし。そもそもが話の通じない、お堅い相手だってのに」

「あ。えっ?」


 理性は動揺していたが、頭はゴリゴリとすり潰すように回り続けている。

 大森さんは僕と関わりを持つ理由に、はっきりと「会話を私のほうにひきつける」と、話が通じるようにしたいと言っていた。

 それに、僕と本多さんとのやり取りを見て面白くなさそうにしていたのも、姉などはハッキリと嫉妬だと予想を立てていた。

 辛抱強く僕に付き合って冗談を言えるようにしてくれたのも、うなずける。


「……案外、予想済み? あんまり驚いてないけど」


 ともちゃんさんが少し意外そうにつぶやいた声を聞いて、僕は我に返った。

 夜風の寒さに首を縮め、両手でお茶のボトルを握り直す。


「相談した姉に、同じようなこと言われてさ」

「そっか」


 少し苦い笑みを浮かべて、彼女はうなずく。

 ともちゃんさんは背もたれに体を預けて、首を仰がせた。ベンチは夜の空気にさらされて冷たくなっているが、構う様子もない。


「真島は、瑛美のこと……好きなの?」


 分からない、とは言えなかった。

 大森さんの気持ちを、もっともよく知っているだろう友人の口から聞かされた今、その答えだけは許されない。

 一緒にいられると思えるかどうか。

 ピンと来ない。

 大森さんは、僕に対して必ず冗談を挟んでくる。彼女は自分を見せようとしない。

 だから、怒りを見せた彼女は極端に怯えてしまったのだ。

 難しく考えるのをやめる。

 もし大森さんが、僕を好きだと思ってくれているのなら。

 それは、とても嬉しいことだ。


「……好き、だと思う」


 ともちゃんさんが体を起こした。

 嫌そうな表情をありありと顔に貼り付けて、嫌悪感も丸出しの視線を僕に向ける。


「だと思うって何よ、はっきりしないわね」

「そんなこと言われても、分からないよ」


 せめて実際前にすれば、もう少し確信が持てると思う。これ以上のことは言えない。

 当人に関係ない慕情を思い込んだ末に、恋愛を押し付けるような真似になっても困る。

 しつけのなってない犬のトイレを見るような目で僕を眺めていたともちゃんさんが、不意に表情を緩めて肩をすくめた。


「ま、生真面目な真島らしいか」


 ため息混じりに言って、彼女は勢いをつけて立ち上がる。


「もう一つ、言わなきゃいけないことがあんのよ」


 見上げる彼女の背中が、わずかに震えていることに気が付いた。

 そんなことを指摘できるわけもなく、伸びをするような彼女の挙措をただ見つめる。


「あたしは、前から瑛美があんたのこと好きなの知ってた。だから、あんたを瑛美が好きになるほどの人、っていう目で見て」


 ふっと力を抜いたともちゃんさんは、僕を振り返った。


「いいな、って思った」


 彼女の目は、細められていた。


「真面目な振りしていい加減で、斜に構えて、ちょっと偉そうだけど。優しくすることの大事さを分かって、親切に努めて。でも、いつもどこか寂しそうにしてる」


 まるで泣くのを堪えているかのように、瞳は街灯の光を飲み込み、切なく輝いている。

 そんな瞳が、僕の目を覗き込む。


「それでも目だけは、やっぱり生真面目で、筋を通したいと思ってる」


 ぞくり、と胸の奥が凍りついていく。

 その予感を上書きして、塗りつぶすように、彼女の口は優しく動き続けている。


「……だから、好きになった」


 まるで、心臓に氷の剣を突き立てられたかのように。


「ちょ、ちょっと」


 思わず遮っていた。

 ともちゃんさんはキッと怖い顔をする。


「黙んなさい、今大事なトコなんだから!」

「そんな無茶な」


 立ち上がりながら胸を押さえる。

 冷え切った手で鷲づかみにされたかのように、僕の鼓動は乱れて暴れていた。指先がかじかんで、体が冷えていることを自覚する。

 僕の動揺を見透かしたかのように、ともちゃんさんは深いため息をついて、人差し指を僕の眉間に差し向ける。


「いい? あんたが私に気がないことも、私だってそもそも、瑛美が好きな人って目で見なければ絶対好きになったりしなかったことも、全部自覚あるんだから」


 ひょっとして結構ひどいことを言われたのではないか、という気がしたが、そんなことに構っている精神的余裕はなかった。

 僕の動揺と反比例して落ち着き払っている彼女は、驚くほど優しい笑顔を浮かべた。


「だからあんたは、ちゃんと聞いて、それで……きっぱりと、断って。いい?」


 心臓が怯えるように震えている。

 僕に、恋愛は無縁だと思っていた。

 ともちゃんさんの目は、逸らされることなく僕の顔に向けられている。

 飲み込んでいた息を吐き、しっかりと深呼吸する。


「……分かった」


 しっかりと背筋を伸ばして立ち、両手を自然に下ろして、彼女に向かい合う。

 そこで初めて、背は僕のほうが高いことに気がついた。

 すっと僕の目を見つめて、彼女は空気さえ透き通るような滑らかな動きで、口を開く。


「私、大崎巴は……真島仁のことが、好きです」


 いろいろ言いたい言葉は過ぎったけど。

 全部飲み込んだ。


「ごめんなさい」


 ぐっと頭を下げる。

 息を呑むような気配がしたが、腹に力を入れて、頭を下げも上げもさせない。

 僕にはもう、これしかできないのだ。

 ひたすら頭の高さを固定し続けていると、大きく息をついた声が聞こえた。


「……ふう。ありがとう」


 恐る恐る顔を上げると、先ほどまでとまるで変わらない微笑を浮かべた、ともちゃんさんの顔がそこにあった。


「いや、こちらこそ」


 なんと言えばいいのか分からず、ひどく馬鹿なことを口走ってしまう。

 不意に、ともちゃんさんが軽い足取りで、僕に一歩近づいてくる。

 ぎょっと身を固める僕をいいことに、まじまじと覗き込むように顔を見つめられた。彼女は気が抜けたようにつぶやく。


「こうして見るとあんたって……全っ然、カッコよくないわね」


 ぐっさり。


「はっきりしないし、横着だし、真面目なだけで面白みもないし。絶対すぐに飽きるわ。なんで好きになってたのかしら」

「ちょ、ちょっと……」


 否定しようもない欠点をバスバスと叩き込まれて、僕は一瞬で追い詰められた。

 心臓が怯えたように震えている。

 これ以上叩き込まれたら、落ち込むあまり一晩ほど泣き明かしそうだ。

 情けない顔をしているだろう僕を見て、ともちゃんさんは堪え切れないように笑う。


「ふふ。しゃきっとしなさい。そんなんじゃ、えーみんにも嫌われるわよ」

「それは、困るな……」


 苦く笑いながら、膝に力を入れ直して姿勢を直立に引き戻す。

 ともちゃんさんは、僕が両足でしっかり立ったことを確認して、にっこりと微笑んだ。


「明日の朝に、瑛美を今日の校舎裏に呼んでおいてあげるから。行きなさい」

「分かった。……ありがとう」


 うむ、と鷹揚にうなずいておられる。


「今度ステーキくらい奢りなさい」

「奮発するよ。一発で太るくらいのすごい肉」

「蹴るわよ」


 笑う。今のは怒っていいところだ。

 追い出されるように公園の出口に向かって歩き、ふと足を止めて振り返る。


「一つ、いいかな」

「なに?」


 淡く微笑んでいるともちゃんさんに、僕は胸を張って、ハッキリと告げる。


「大崎さん。尊敬できる友人として、きみを誇りに思うよ」


 少し驚いたように目を大きくして、キッと眉を寄せた。


「あんた、ホンットーに最低ね!」


 彼女の笑顔は街灯に照らされて、きらきらと輝いている。


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