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右手

作者: Sa-katsu

外付けHDDから発掘したやつ。せっかくなので投稿。

7月。

そろそろ夏休みが始まる。


平均気温は28度をうわまわり、セミが本能のおもむくままに鳴き、叫び、飛び交う季節。


舗装されたアスファルトは太陽光線をたっぷり吸収し、その真っ黒な顔からかげろうを立ちのぼらせていた。


小学生は、こんなくそ暑い空の下で元気に駆けまわる。

そんな姿を学校の屋上から見下ろしていたが、それにも飽きて空を見上げた。


校内で屋上ほど空に近い場所はなく、屋上ほど空が見えやすい場所はない。

事務室からちょいと拝借した、単1電池2本ぶち込めばすぐに動く、やや旧式のカセットテープ。

そのスピーカーから流れる、ややゆったりとしたクラシック音楽。

めんどうな事も、すべてその旋律に乗せてどこかへ流れていけばいい。


とにかく、俺の機嫌はすごぶる良好だ。

たとえるなら…なんだろう、思いつかねぇや。

地面に体を預け、あくびを一つ。

瞼が重い。

視界がゆっくりと閉じていくなとぼやけた頭で考える。

このまま眠ってしまおう。



ギィと、軋んだ金属音に体が硬直する。

ドアの開く音。

かつんかつんと、鉄製のはしごを上る音がこちらに迫る。


誰だろ。サボリか。関心できませんな。


自身を棚に上げながら、そんな自問自答しても解答が出るはずも無く、やがてその音の正体が顔を出した。

「やっぱり。またそんなとこにいたのね」

首から上をのぞかせ、クラス委員長はいつものあきれたと言わんばかりの顔を見せた。






原因は右手。

人と違う右手。

普通に見えるの右手。

偽りの右手。

これは俺の右手なんかじゃあない。



本当の右手は、もっとスムーズに動いた。

本当の右手は、もっと俺の言うことをきいてくれた。

本当の右手は、こんなに冷たくない。

原因は俺に関った人。


一人は、一生治らないだろう怪我を、その顔に負った。

一人は、一生治らないだろう怪我を、その心に負った。


そして、あいつは……。



多くはない、だがどれも取り返しのつかない出来事。

そんな噂が広まれば、ちょっかいを出さずにいられない人間は五万といる。

かくして、『疫病神』というありがたい二つ名を小さな世間から授かった。

いい迷惑だ。

そんなことを考えていたら、いつの間に委員長は姿を消していた。

さっきまで俺の目の前で小言を並べていたのだが、どうやら諦めたようである。


そうだ。それでいい。

俺なんかに関るとめんどうだし、怪我する。

殺し文句というわけでもなく、すべて事実というもんだからこれほどタチが悪いものはない。


邪魔者は消えた。

では存分に眠るとしよう。

また、あくびを一つ。


両手を投げ出し、とコンクリートの床に身を預ける。

その時見上げた空は太陽の光でよく見えない。

ゆっくりと目を閉じた。




しばらくして、ふとまぶた越しに感じた影の存在に目を開ける。

知らない女生徒。

逆行で顔がよく見えない。

「ねぇ、もうすぐ授業始まるけど」

話しかけてきた。委員長の差し金なのだろうか。

無視、無視。

「聞いてる?」

教室に戻る気はさらさらない。

どのみち戻ったところで何の面白みのない授業と嫌がらせがあるだけだ。

あ、そういやかばん置いたままんだ。

めんどくさい。

回収するべきか否か。

「あの~」

どうするか。

どうせかばんの中にめんどうくさいものが入れられているだろうが、それでも俺のかばんだ。

洗えば使えるだろうし。

「……」

ため息と同時に隣に座る気配がした。

……さっきからなんなのだろうか。

まぶたをもう一度開ける。

女生徒は空を見上げていた。

太陽の光でまぶしいのだろう。

目を細めながらも空を、流れる雲を見ていた。


なんだろう。

どこかで見たことあるような…。

「……あんたもサボリか」

女生徒に問いかけてみた。

見たところサボリをするような女生徒には見えなかった。

そう、髪を肩のほうまできちんと切りそろえられ、制服にも装飾品のひとつどころか、シワも見当たらない。

あきらかに優等生タイプだ。

「あなたの回収をたのまれちゃって」

人差し指をピッと立たせ、笑顔で答えられた。

「……積荷か俺は」

ビンゴ。委員長の差し向けた刺客だった。

あのメガネ女め。

「さ、昼休みも終わるから、そろそろ教室にもど「嫌だ」り…」

理由が解れば問答無用、まぶたを閉じて女生徒に背を向ける。

それを待っていたかのように、昼休みが終わる5分前を告げるチャイムが無常に鳴り響く。

これで彼女はあきらめるだろう。

案の定、彼女の立ち上がる気配がした。

しかしすぐには立ち去らず、ちらちらとこちらを伺っているらしい。

なかなか気配は消えなかった。


しばらくして、カツンカツンと金属音が鳴る。

はしごを降りたのだろう。

強い風が吹いた。

そのあとすぐにドアが閉まる音が聞こえ、そよぐ風とクラシック音楽だけが残った。



気がついた時には、帰りのショートホームルームが終了したらしい。

空には赤みがかかり、下から学生たちの弾む声と、野球部と野球部顧問と思われる気合の入った掛け声が聞こえてきた。

隣のラジカセは黙殺を決め込んでいる。

ランプも消えているところを見ると、どうやら腹が空腹らしい。

早い話は電池切れだった。

ラジカセを持って、背伸びをする。

ボキボキと子気味のよい音が鳴った。

「さて、じゃあ帰るか」

ラジカセは答えるはずもなく、ただ沈黙を決め込んでいた。




事務室にラジカセを返し、教室に入る。

予想通り、俺の机には無数の暴言と罵倒が書き込まれている。

おもに疫病神という単語が目立った。

それをできるだけ隠すように机の上には一冊のノートがおかれていた。

委員長のノートだ。

手に取り、パラパラとめくる。

そこには、今日の授業の内容と思われるものが書き留められていた。

余計な気遣いだ。

頼むから近づかないでほしい。

かばんを開ける。

……めずらしい。

何もいたずらされていなかった。

まあ、気まぐれだろう。

明日になったら今日の分まで存分にいたずらしてくるに違いない。

まいどまいどご苦労なことである。

筆箱以外は何も入っていないかばんにありがたいノートをつっこみ、教室を出る。

生徒玄関の靴箱から靴を……と思ったら靴がない。


そうきたか。

しかたがないので教室に戻って上履きを持ってきた。

しかし、よく飽きないものだ。

上履きを履いて外に出る。

さっき屋上からみた時よりも空は紅く、紅く、染まっていた。


あの時、こんな空の下であいつと一緒に帰っていた。





その日を境に、先日の女生徒はたのんでもないのに毎日屋上に来た。

昼休みなので、持参した弁当を食べた後、たわいのないことを話しかけてきた。

最近、ここに転入してきたこと。

昔、仲の良い友達がいたこと。

今の友達のこと。

教室での出来事。

体に傷があること。

自分の自慢話。

たくさんの事を話していた。

俺は、何も話さず空を見上げていた。





そんな関係は夏休み直前まで続いていた。

その日は風が少し強かった。

女生徒がふと、たずねてきた。

なぜ、人と接しようとしないのかと。

質問に、俺は無意識に答えていた。

俺と関わって、人が傷つくが怖いと。


そのあとは、まるで紐がゆるんだかのように、言葉が出てきた。






俺の右手のこと。

未熟児で生まれた俺は、右腕に血液を送ることができなかった。

腕は腐るまえに切断され、その数年後に義手を装着することになった。

最初はかっこいいと思った。

最初は。


しかし思うように動かない右手は、確実に俺の日常生活に支障をきたしていた。

これは今も続いている。

リハビリ中に、医者から君の心次第だと耳にタコができるほど聞かされた。

そして、この右手に、いや。

俺のせいで生まれた最悪。


一度目は偶然。

ふざけて振り回した義手の指が、相手の頬をえぐった。

一生直らない顔の傷。


二度目は必然。

一度目の事件で、俺はのけ者にされた。

俺をかばった親友も一緒にいじめられた。

たくさんの友達が俺をかばったが、残ったのはそいつだけだった。

最後まで俺をかばい続けたばかりに、彼は不登校になった。


一生の心の傷。

三度目は絶望。

俺は人を遠ざけるようになった。

それでも一人だけ付きまとってくるやつがいた。

俺の役立たずな冷たい義手を暖かいと言ってくれた。

あの夕焼けの帰り道。

軽自動車が突っ込んできた。

俺はとっさにそいつをつかんだ。つかもうとした。

右手で。

すこしでも位置がずれていたら、そいつは巻き込まれなかった。

けど、俺の右手はその少しの距離すらも埋められなかった。

そいつは二度と意識が戻らなかった。


多分、今も。

一生、帰ってこない友達。





話さないと決めたはずなのに、ぽろぽろとこぼれた。

そして気づいた。

ただ、俺は自分の不幸を話したかっただけだと。

楽になりたかっただけだと。

そのきっかけが欲しくてこんな行動をとっていたんだ、と。

情けなくなった。

情けなくて涙が出た。

気づけば、彼女は俺の顔をじっと見ていた。

俺は、彼女に顔を見られたくなくて逃げた。

こんな情けない顔を見られたくなかった。


彼女は俺の右腕を掴む。

けど、俺は女生徒の手を思いきり振り払った。

彼女のバランスが崩れる。


強風。

彼女の短い声に振り向けば、すでに彼女の身体は宙に投げ出されていた。


走った。

走った。

走った。


気づけば、俺は伸ばしていた

あいつを助けられなかった

冷たくて、役立たずな右手を。









目を開け、まず視界に飛び込んだのは天井。

どこまでも無機質な白いタイルが広がっている。

身体を起こそうとしたら頭と背中に激痛が走った。

たまらず右手で頭を抑えようとしたら、右手は手首からなくなっていた。

しかたなく左手でこめかみを押さえたら、看護婦が入ってきた。

どうやらここは病院のベットの上らしい。

でも記憶がない。

看護婦があわてた様子で質問をしてきたが、あいにく頭痛とで答えを返すことができない。

しばらく大丈夫ですかと繰り返したあと、部屋を急ぎ足で出て行った。

医者を呼びにいったのだろうか。

しばらくして頭痛が治まってきた。

なんとなく空がみたくなり、窓を探す。

右を向いた瞬間、全て思い出す。


彼女をなんとか抱きとめた後、そのまま落下。

下には都合よく大きな木があり、その木の枝とかにぶつかったおかげで落下速度が減少。

地面にぶつかる直前に右手で半端な受身をとった。

その衝撃で右手はぐしゃぐしゃになったが、背中を打っただけで済んだようだ。



彼女は泣きそうな顔で俺を見ていた。

俺はたまらずに下を向いた。

彼女に合わせる顔がない。

助かったのはいいが、彼女を危険にさらしたのは結局のところ俺が原因なのだ。



涙がでてきた。

俺に関わってしまったためにこんな結果を生んだ。

分かっていたのなら学校なんてくるべきではなかった。


わかってしまった。

俺は、ただ人と接したかった。

人に、俺の苦しみを理解してほしかった。

そんなくだらないわがままで、俺はまた人を傷つるところだったんだ。


「義手なんて、しなければよかった」


不意に声が漏れた。

そうだ。

あの時に、義手をつけなければ起こらなかったかもしれない。

義手じゃなかったら、あいつを救えたかもしれない。

全部、全部、この義手が人を傷つけたようなものだ。

俺は泣いていた。


「そんなこと、いわないで」


彼女は言う。

「その義手のおかげで、私もあなたもたいした怪我がなかった」

違う。

「助かったのはあの木のおかげだ」

俺の義手じゃあない。

「結局、俺の右手はただ冷たいだけの、役立たずだった」


「あの時だって」


彼女は、俺の右肩をそっと掴む。


「違う」

「ちがうよ」


右手を自分の胸に抱き、俺を見つめる。

「だって、つかんでくれた」

そして

「ちゃんと。あなたはつかんでくれたよ」

微笑んだ。



「あの時だって、つかもうとしてくれた」



その言葉に、気づいた。

俺を、見つめてくれたあいつ。

暖かいと言ってくれた、最初で最後の、大切な人。

彼女を見つめる。

けど、いつのまにか流れていた涙で、にじんでよく見えない。

見えないはずなのに


「あなたの右手は、とっても暖かい」


そういって、笑った顔がはっきり見えた。







10月。


季節は、もう秋。

林道が紅葉で埋め尽くされる頃、俺は退院した。

夏休み中に退院するはずだったのだが、新しい義手の調整とリハビリでここまで伸びてしまった。



学校。

2学期。

小さな嫌がらせは続いていたが、いつものごとく気にしない。

そして今日もまた、屋上で空を見上げる。

冷たい右手に、彼女の体温を感じながら。

学生時代の自分へ。

もっと頑張りましょう。色々と

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