はだかの夜
風呂から上がって、脱衣籠を見れば、バスタオルも着替えも用意されていないのに気付く。
睦美を呼んだが返事がない。
オレは、体が濡れたままで浴室から出て、リネン棚からバスタオルを取ろうとする。
普段ならば、バスタオルで満載のはずだが、中は空っぽだ。
もう一度、睦美を呼んでみる。
やはり返事がない。
風呂に入っている間に、どこかに出かけてしまったようだ。
家中の明かりが消され、真っ暗になっている。
着替えを出そうと、暗い部屋の中を手探りで進み、電灯のスイッチを押す。
箪笥の引出を開けたが、中には何も入っていない。
窓を見ると、カーテンまでもが無くなっていることに気付く。
向かいのアパートから、こちらが丸見えになっている。
オレは、慌てて電灯を消す。
暗い中を苦心して探し回ったが、着る物が何も見つからない。
睦美の服も含めて、何もかも無くなっている。
しかも、無くなっているのは、服ばかりではない。
毛布も、布団も、果てはテーブルクロス、新聞紙に至るまで、布地と呼べる類のものは、何一つ部屋の中に残されていない。
風呂に入る前に脱いだ服をもう一度着ようと洗濯機の前に駆け込むが、洗濯機の中も蛻の空になっている。
濡れている体が冷え始め、震えが出てくる。
これは、睦美の悪戯に違いない。
以前、オレの持っているシャツ全部の衿にフリルが縫いつけられていたことがあった。
床下収納庫に、大量の納豆を流し込んで作った落とし穴に、足を突っ込んだなんてこともあった。
この事態も、きっと睦美の悪戯だ。
その時、玄関のチャイムが鳴る。
オレは、うっかり「はい」と返事してしまい、慌てて口を手で塞いだが、すでに遅かった。
「もしもし」
お隣の三恵子さんの声だ。
「宅配便の荷物預かってるんだけど」
コンクリの上をずるずると引きずる音が聞こえる。
割と大きな荷物らしい。
返事をしてしまった以上、今さら居留守を使うわけにもいかない。
「悪いけど、今は手が放せないんだ。そこに置いておいてよ」
オレはうろたえ、後ずさりながら言う。
お尻にテーブルの角がぶつかる。
テーブルの上には、丸いお盆が一枚のっている。
「そんなのダメよ。通路が狭いんだから。それに無用心じゃない」
と、三恵子さんの呆れているような声が返ってくる。
「すぐに中に入れるからいいよ」
オレの言葉を無視して、ガチャガチャとドアノブを回す音がする。
ドアには、鍵がかかっている。
いつも鍵をかけるようにする習慣が、オレを救ってくれたわけだ。
次に、外で牛乳箱の蓋がカタンと閉まる音が耳に入る。
オレは、ハッとする。
睦美は、牛乳箱の下に鍵を置くようにしている。
睦美と仲の良い三恵子さんは、それを知っている。
すぐに鍵を外す音がし、勢いよくドアが開け放たれる。
オレは、とっさにお盆を取る。
「もう、あんまり世話を焼かせないでよ」
笑い声と共に、三恵子さんが重そうな荷物を引きずりながら、部屋の中に入ってくる。
オレの姿を見た瞬間、ピタリと動きが止まる。
しばしの沈黙の後、三恵子さんは「ぷっ」と吹き出し、ドアを閉めて出ていく。
足早に動かすサンダルの音が遠離っていく。
オレは潤んだ目で、残された荷物をじっと見る。
荷物は、冷蔵庫ほどの大きさがあり、麻布に包まれ、ビニール紐でボンレスハムのように縛られている。
荷物の外側に、封筒がガムテープで貼り付けられている。
封筒を剥がして確認すると、中には小さな便箋が入っている。
『あと片付け、お願いね』
睦美の字で、ただそれだけが書かれている。
オレは、もしやと思って荷物を開ける。
中には、服やカーテン、布団などがぎっしり詰まっていた。
(了)